第23話

 浅田次郎が、自殺した彼を思い出すから、と言う理由で、通り過ぎるようになった駅の名前を思い出したのは、つい最近のことである。


 渋谷の東急本店は、2023年1月を持って、長い歴史に幕を閉じた。


 ふと思ったのだ。


 私は、こう聞いた。


 戦後の渋谷は、銀座線の電車が走っていたと。それは、東京大空襲が終わってすぐのことである。


 その話を聞いたのは、地下鉄博物館のことである。


 おそらく、自殺した彼が勤めていたのは、東急百貨店本店であろうと、私は推測している。


 何故かと言うと、浅田次郎はかなりのおしゃれさんだからだ。東急百貨店本店は、異常なまでに高級ブランドと、目利きによる一流の商品がずらりと並んでおり、私には目もくらむ、とてもじゃないけど、買えない値段の作品が、職人による、精巧な品々が、ずらりと並んでいた。


 実家は、洋品店だった。

 そういった、富豪向けの高級な、要するに、東急百貨店本店と同等の洋服がずらりと並ぶ家に育った。


 値札は平気で10万、20万、普通の人間の月給を、はるかに上回る金額が、値札には載っていた。


 おそらく50万、100万という服もあっただろう。


 バブルが弾けた後、しばらくは、日本経済に余裕があったので、10万円台の服も、買う人間はあちこちにいた。


 それを変えたのが就職氷河期である。30年を超え、いまだに若者を苦しめる、この不況は、日本人から、服を買う楽しみを奪っていった。


 おそらくこの先、高級な洋服を楽しめるのは、一部の人だけであって、本来は、少し我慢すれば買えると言うことを、そういった喜びは、10人ではなく、100人から1000人が分かち合うものだった。


 私はこう聞いた。


 1部の人間だけ、富を独占すればいい、と。


 それは違う。


 世の中は金だ。金が全てだ。


 だからこそ、日本中に金が行き渡る必要がある。


 それは外国人ではなく、日本人に2、3倍払うことで、税金を免れる外国人と同等の収入になるだろう。


 それを怠った。


 経済は経世済民の略である。


 世を救い、民をすべるのが、経済である。


 こういった、小さな声は、資本主義、万歳、といった、大きな声で死んでいく。


 もしも、学生運動が失敗に終わったのだとしたら、その理由は、富豪たちの遊びであって、貧困層を無視した遊びだったからだと断言できる。


 結局のところはごっこ遊びで、ただのごっこ遊びで、何百人と言う人が亡くなったのだ。


 学生運動の関連性は、私は詳しく調べた事はないが、おそらく何百と言う人が亡くなったのであろう。


 この日本がずっと平和だっていうのはまやかしである。


 絶えず、人は亡くなっていったのだ。


 学生運動に、高校時代は明け暮れてたから、わかる。


 人が亡くなると言うのは、まず、弱い人間から。若い人間から。立場の弱い人間から。金の少ない人間から。


 徐々に、体力を奪い、死へといざなう。


 黒死病を、死の舞踏、要するに、骸骨と踊ることが、死への近道であると。


 その踊りは、必ず、ワルツ、円舞の型を取る。


 要するに、誰かが先導して死へといざなう、と言うのが、西洋の考え方である。


 日本の場合は違う。


 あしたに紅顔、ゆうべに白骨。


 朝は紅がさすような顔色だったのに、夜には、骨となっている。


 つまり、昼の間に死んだと言うことだ。

 そして、火葬を済ませ、骨として弔われ、シックスフィートアンダーではなく、無縁墓地であったり、ときには、川に遺灰を流したり、日本と言うのは、葬送の形がたくさんある。


 西洋のように、死体を包んでポイではないのだ。実際には他にもあるだろうが、おそらく東洋のように、死をどのように形で見送るかどうかを、考えが足りない、要するに、教養の足りない彼らには、葬送の音楽をどうするかっていう、日本では、ごく当たり前のいさかいが、理解に苦しむこととして、扱われるのではないだろうか。


 神と言う概念がはっきりしている以上、神がいるかどうかなんてわからないと言う日本的な考えを、西洋人がでか理解できるかと言えば、答えは、ノー、つまり、一生できないと言うことだ。


 私はこう聞いた。


 無神論だけど、舞台の神を信じる?理解できない。


 と。


 鈴木大拙先生の孫弟子であっても、そんな塩梅なのだ。


 自分よりも、禅に詳しくても、絶対矛盾の自己同一でさえ、彼らには理解できないのだろう。


 拷問と言えば、水責めと、誰かを痛めつけることしか考えられない彼らに。


 拷問ですら、芸術性を重んじる、日本の考えなどわからないだろう。


 と、相手のいないワルツを踊る。


 ダンスが下手な俺は、後ろ向きにしか踊れない。


 誰かを引っ張るのではなく、常に女役として存在し、誰かを受け入れることでしか、情けない男としてでしか、運命を受け入れることは、できない。

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