第22話
ファンからの連絡は、あれから途切れていた。
水道使用開始の受付を、と、目の前の女性が語る。
いいですよ。こちらへどうぞ。
もう、こう言った、単純作業も慣れてきた。
ガチャガチャと。
机に戻ると、隣の席にいた、整備担当の後輩が帰ってくるところだった。
会話を盗み聞きする。
そういえば、お前、漏水の検査、行ったところだったよな。
はい。
スッ、と、上司に媚を売ることができるのは、おそらく、自分の道を早くからわかっていたからだろう。
後輩が、目の前でこういうのを聞いた。
こんなところに芸能人なんているはずないですよね。
そうですよね。
飲み会で、ハイボールを飲んでいると、先輩がそう聞いてきた。
うん、そうだよ、と。
私は、そう答える。
出自をいつわるのは、もう、慣れた。むしろ、もうすでに、自分は一般人として振る舞おうとしている。
できる限り、自然に、一般人のふりをして、業界の匂いを消し、ただ、息を殺して生きていても、窓口に立てば、役人のふりはできても、1歩外に歩けば、役人としてではなく、警察官、自衛官、その他諸々に間違われる。
自分の名前を検索すれば、活動履歴はまだ残ってるし、何なら、水戸芸術館に置いてある、チラシだったり、パンフレットだったり、かつて発刊していた、WALKという雑誌を見れば、自分が演じた役名と、自分の名前が並んで立っている。
にもかかわらず、目の前の後輩は。
いや、自分より前に入ったのだから、先輩扱いをする必要があるのだろう。
30歳でギリギリ社会に滑り込んだ私は、先輩に対して、どうやって接していればいいのかわからないことがよくある。
そもそも、所属していた児童劇団では、先輩、後輩の区別はなく、どちらかと言えば、後輩にいじりを受ける立場であった。
いざ、歳が下であっても、敬意を。
人間扱いを受けることになれない。
そもそも、芸能界というのは、使い捨てで、尊厳や人権と言うのは二の次だ。
役所だって、本当にひどいところで、場所によっては自殺者が絶えないところもあるし、窓が開かない省庁もあるし、国家公務員は基本的に寝ていない。
滅私奉公、と言えば、聞こえは良いが、要するに、公務員である以上、人の目を気にして生活する事は。
社会的責任は、誹謗中傷は、炎上、とてつもなくひどい言葉は、芸能界にいた時よりもよく聞くかもしれない。
彼らは容赦がない。
まるで、公務員は、感情のゴミ捨て場でもあるように振る舞う。
もともと、公務員は、民間企業と違って、電話を切ることが許されない。
どんな事態が起きるか分からないから、たとえどんなに、ひどい電話であっても、相手が話し終わるまで聞き続ける必要がある。
それが本来は、精神科医であったり、専門家であったり、心療内科にかかる必要がある人間であっても、本当に病識がない人間は、要するに、本当は狂っているのに、自分自身が正常であると認識している人間ほど、厄介なものはない。
そういった、精神科にかかる必要があるのに、精神科ではなく、公共財団だったり、公務員だったり、その他諸々にしかはけ口がない人々はいる。
本来であれば、公務員は2、3倍の人数が必要で、国家の税金を用いて、合法的な生活保護として、仕事ができなかったり、民間企業に向いていなかったり、社会生活に向いてなかったりする人々を、国が管理することが目的だったのだ。
それを。
日本人は、西洋人の2、3倍働くのだから、2分の13分の1でも働くだろうと、履き違えた結果、公務員は、2人に1人が病むと言う恐ろしい職業になった。
おそらく、統計的に、公務員の精神病発病率は、高い。
ラーゲリであったり、ホロコーストであったり、いわゆる強制収容所と言うのは、国家が認めた役所であった。
殺人であっても、役所であれば、合法的であると判断されることがある。
忘れてはならないのは、ホロコーストは、あのワイマール憲法の改正なく、ただ、ひたすら、憲法に背いたことを、淡々と業務としてこなしていただけなのだ。
それを覚えていく必要がある。
殺人を、民間にではなく、公務員に委託すれば、それは合法となる。
その繰り返しで、何百人もの、少なくとも、ホロコーストにおいて、亡くなった人間は最低でも200万人である。どんなに低く、見積もっても、その人数が、自分の意思ではなく、他人の死によって、世界によって、死を迎えたことを覚えていく必要がある。
少なくとも、彼らは自殺志願者ではなかった。
安楽死を求める人間に、死という安らぎを与えるのは、森鴎外が書いた、高瀬舟にもあるし、死を望む人間に、果たして、生を、生き抜くことを求める事は無理がある。
平成くん、さようなら。
古市憲寿は、そう書いた。
寺山修司は、青少年自殺入門と言う形で、青少年に、死ではなく、生き延びろと必死に訴えかけた。
浅田次郎は、勇気凛凛ルリの色、というエッセイの中で、こう、訴えた。
私はこう聞いた。
死ぬのは別にかまわない。
しかし、死なれたほうは、一生迷惑する。
私は、彼の自殺を知ってから、彼がつとめていた、百貨店の最寄駅に降りたことはない。
なぜかと言うと、思い出すからだ。
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