嫌われ者の不良でも魔法少女として命を掛けて世界救っていいか?

春みかん

第1話 不良少女だョ!間宮杏子ちゃん

「おらぁ‼」

 

 校舎の裏の静かな空間に鈍い音と共に重たい音が響いた。人が倒れた音だった。倒れたのは女子高生でその右頬は赤く腫れている。殴られたのだ。殴られて倒れた女子高生はおののきながら目じりに涙を浮かべながら自分を殴った相手を見上げる。ワイシャツの第1ボタンを外し、ネクタイを緩め、着崩した制服。どう考えても校則違反の太ももが見えるくらい短いスカートと風に揺れる長い髪。女子高生を殴ったのは彼女と同じ女子高生だったがその気迫はとても同年代とは思えない。


 倒れた女子高生は震える口の代わりに心の中で思わずその名を呼んだ。


 こ、これがA校最強の女。間宮杏子まみやあんず


「まだやんのか!?ああ!?」


 杏子は口に棒付きの飴を咥えながら荒々しい口調を吐き、倒れている女子高生を見下ろす。その眼はひどく冷たく、目の前の相手を同じ人間とは思ってはいないようだった。倒れている女子高生は何か言うこともなく、というよりも何か言えるはずもなくただ震えているだけだった。それに対して杏子は苛立ちを覚えたのか女子高生の胸ぐらをつかんで持ち上げた。


「やんのかって聞いてんだろうが!ぶん殴るぞ‼」


「やりません‼許してください‼」


「許しを請うくらいなら最初から突っかかって来るんじゃねえ‼」


 そう言って杏子はもう1度女子高生を殴った。結局殴った。どう考えても今の流れは見逃してあげるところだっただろうが殴ってしまった。殴られた女子高生は逃げるようにその場を走り去る。杏子は大きくため息を吐いて咥えていた棒付きの飴を口から出した。すでに棒の先の飴は溶けきっていて白い棒だけになっていた。杏子を歩きながらその棒を自身の後方へと見向きもせず適当に放り投げる。投げた飴の棒は吸い込まれるように綺麗にゴミ箱の中へと着地した。


 大切な昼休みに無駄な時間を取られてしまった。長い髪を揺らしながら教室へと向かう杏子が廊下を歩けば数名の生徒たちがコソコソと小声で喋り始め、また別の数名は逃げるようにその場を去った。杏子はそんな連中に少しだけ苛立ちを覚えたがその場では何も言わずに廊下を歩いた。


 教室へと戻った杏子は自分の席に座る。正面には見慣れた顔の女子高生が向かい合った状態で座っている。机の上の銀色の四角い弁当箱にはまだ手は付けられていない。


「別に食っててもよかったのに」


「それほど待ってないから。それよりもまた喧嘩?」


「別に。ちょっと話した程度」


 杏子は半額シールの張られた菓子パンの袋を開ける。手を汚さないようにパンの半分だけをビニール袋から出してそれにかぶりつく。目の前に座っていた女子高生も自分の弁当箱を開ける。たった2種類の菓子パンを食べる杏子と違い目の前の女子高生の弁当には色とりどりのおかずが詰め込まれていた。


 杏子の正面に座り弁当を食べるこの女子高生の名前は雁霧梅子かりきりうめこ。梅子と杏子は小学校からの付き合いでいわゆる幼馴染。杏子の数少ない友達だ。


「殴ったのね?」


 梅子は弁当を食べながら静かにそう言った。その声は怒っているようにも棘のあるもののようにも杏子を心配する優しいものにも聞こえた。杏子は梅子が怒っているかのように強くとらえたのかごまかす様に早口で言う。


「いやアタシから殴ったわけじゃないから。向こうがいちゃもん付けてきて、そう!だから自己防衛ってやつ!」


「殴ったのね」


 梅子の声は先ほどとは違い明らかに呆れているものだった。それに対して杏は反論できずどこかばつが悪そうにそっぽを向いた。


「そんなだから不良扱いされて避けられるのよ」


「こっちだって殴りたくて殴ってるわけじゃ・・・」


 先ほどの出来事から何となく察することができるだろうが間宮杏子まみやあんずという人物はどこにでもいる普通の女子高生ではない。口調は荒く、制服すらしっかり着れないほどガサツで喧嘩っ早い男勝りな性格。喧嘩っ早いので当然人を殴ることも多い喧嘩の常習犯だ。杏子がいるところに争いあり。彼女はいわゆるマジの不良。いつもケンカで相手を一方的にボコすことから「無敵の間宮」などというあだ名まで付けられる始末である。


 そんなわけで当然学校では爪弾きにされている存在である。


「そもそも何で呼び出されたわけ?」


「3年の何とか先輩がナントカカントカでナンカだからって」


「何もわからないじゃない」


「わかんないまま腹殴られたんだもん」


 何が原因かわからない。しかし不良にとってのケンカなんてものはこんなものだ。何のことだかわからないがとりあえず呼び出されて、長々といろいろ言われてよくわからないまま殴り合いに発展する。今回呼び出されたことは果たして杏子に非があったのかそれとも何かの間違いなのかさえわからないがとりあえず大体は殴り合いが解決してくれる。勝った奴が正義であり負けた奴が間違っているのだ。


 ケンカが本当に理不尽で最悪なコンテンツだということがよくわかるだろう。


「面倒と心配には事欠かないわね」


「本当にすいません」


 杏子は何かと面倒ごとを増やすがそんな杏子を心配する梅子の負担もまたそれに比例して大きくなっていく。


 2人はため息をつく。なぜ昼食時にため息などつかなければならないのか。女子高生の昼食はもっとキャピキャピワイワイしている明るいものではないだろうか。最近あったことやら恋愛の話やらオシャレのことやら年頃の乙女ならば話すことはたくさんあるはずなのにこの2人の昼食の様子はどう見ても仕事に疲れてお通夜状態になり絶望に沈むOLと同じである。


 まだ若いのに今からこの調子では将来が思いやられる。


「間宮さん。何その格好は‼」


「ああ?」


 お通夜状態だった杏子が振り向くとそこにはきっちりと制服を着こなす女子高生がいた。彼女の名は片山咲良かたやまさくら。この学校の風紀委員であり、杏子たちと同じクラスだ。不良である杏子とは違い暴力はもちろん、制服を着崩すこともない真面目な性格の持ち主。しかも不良の杏子に臆せず物を言える程度には肝が座っている。杏子という不良が悪なら咲良は正義の味方とでも言うべきだろうか。


 咲良の顔を見た途端、杏子の顔が露骨に嫌悪感を示すものに変わる。


「ワイシャツはボタンを閉める、ネクタイを結び、スカートはもっと長く。風紀を乱さないで」


「うるせぇな。着崩してたって何の問題もねえだろうがよ」


「学校は勉強して、社会に出るための教養を身に付ける場よ。今からそんな感じでは将来困るわ。内申にも響くし。それに全校生徒同士が互いの模範になることで誰かが間違った方向へ進まないようにしているのよ。そういう意味であなたは今この学校で1番風紀を乱しているわ」


 風紀委員の長々とした説教を対して杏子は鼻で笑い飛ばす。


「御大層なもんだな。アタシ1人がこんなでも何にもならねえよ」


「空気が悪くなるのよ。空気が」


 睨み合う2人の視線のぶつかり合いが火花を散らす。風紀委員と不良はやはり水と油の関係。これは太古の昔から決まっていることであり、どうあがいても避けられない運命なのだ。多分古事記にもそう書いてある。バチバチに睨み合う2人だったが杏子が切り出す。


「わかってねえな。アタシ以上にこの学校の風紀を乱しているやつがいるのを」


「なっ!?あなたよりも酷いってそ、それはどんな人物なの!?」


 真面目な風紀委員は不良生徒の言葉にもしっかりと耳を傾ける。誰にでも平等に接するその姿勢は称賛に値するものだ。


「この学校で1番風紀を乱している人物。それはな」


 しかし耳を傾けるすぎるのも考えものだ。杏子はしっかりと間を空けてから指をさして高らかに言う。


「お前だよ‼風紀委員!」


「私!?そんな、身だしなみや持ち物には問題ないはず‼一体どこが・・・」


「正確には風紀委員の胸が1番この学校の風紀を乱している‼お前は気づいてないみたいだけどお前の胸が揺れるたびに男子は劣情を煽られている‼」


「そんなことあるわけないでしょ‼ねえ!?」


 風紀委員は教室にいる男子たちに呼びかけるが偶然にも教室の男子たちは全員机に顔を伏せて眠っていた。昼食の後は眠たくなってしまうのが人間というものだ。クラス全員の男子が眠るのは珍しいことだが仕方ない、そういうこともあるだろう。彼らは決して風紀委員をいやらしい目で見ていたわけではない。彼らは紳士であり鍛え抜かれた歴戦の精鋭たちだ。画面の奥のヒロインに恋をしたり、アイドルに憧れることはあっても同じクラスの風紀委員長を変な目で見たりなどするはずがない。それが許されるのは昭和のアニメだけである。


 ゆえに彼らは寝ているだけ。偶然にも全員眠たくなっただけで気まずくなったとか、何かやましい心を持っていたわけではないのだ。しかしそんな状況を無視して杏子は続ける。


「大体何で風紀委員は決まって胸が大きい奴が多いんだよ‼風紀を乱す風紀委員が多すぎるだろ‼自覚しろよ自分のデカさを‼もっと慎ましく生活しろ‼」


「し、仕方ないでしょ‼」


 咲良はその後に「勝手に大きくなるんだから」と恥ずかしそうに小さな声で付け加える。


「毎回ばるんばるん揺らしやがって、とりあえず迷惑料として揉ませろぉ‼」


「それはおかしいでしょ!?」


 杏子と咲良は互いに色々と言い合う。不良と風紀委員は犬猿の仲。それ自体に間違いはなく2人は事あるごとに衝突する。しかし傍から見れば2人の仲はそれほど悪くはないようにも見える。不真面目でふざける杏子と真面目で受け入れる咲良。2人は正反対のようでどこかかみ合う部分があるのかもしれない。


「アンタたちって本当に仲良いよね」


 弁当を食べながら面倒くさそうに言う梅子の言葉に不良と風紀委員は声を揃えて言う。


「仲良くない‼」


 本人たちにその自覚はない模様。そうしてまた2人は口喧嘩を始める。そんな2人を見て梅子は先ほどまでとは違い少しだけ嬉しそうに息をつく。彼女たちのいつもの昼休みはこうして過ぎていくのだった。

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