追放者サイド 1 浮かれるエルド

 レギナンス伯爵家の館にあるエルドの自室。

 そこは書物しょもつあふれていた元アルトの部屋とは異なり様々な『物』で溢れていた。

 異様いように広いその部屋の左側を見ると、そには高名こうめい画家がかが描いたであろう絵画かいがが掛けられ、その少し前には陶器とうき類がある。またその対面たいめんの壁には使った様子が見えない剣や魔杖が目に入る。


 ふかふかなソファーの向こう側、そこにはニヤつくエルドがおりそれをメイドが冷たい目線でながめていた。


 その目線に気付かないほどに浮かれているのか、彼はかいしていない。

 エルドは人の目線に敏感びんかんなはずなのだが今日この日だけは特別なようで。

 それもそのはず、彼は今日自分の腹違いの兄を追放した。

 追放したのはエルドの父なのだが、実質彼が追放したようなもの。

 その満足感からエルドは一人満悦まんえつとしていた。


「ようやく。ようやくあの目障りなアルトが消えたっ! 今日という日を祝日しゅくじつにしたらどうだ? おい! 」

「......それもきかと」


 メイドがエルドの言葉に冷たく返す。

 その言葉にこころよくしながらもメイドは心の中で溜息をついた。


 (このままだと没落ぼつらくの祝日になりそうですが......。さて......)

 

 彼女は浮かれる次期当主を観察した。

 おかしな点が無いか調べるためだ。そしてもしおかしな点があれば本格的にこの家を出ないといけないと考えている。


 (まだ......下手に動けませんね)


 今の彼は次期当主。証拠もなしに歯向かえば自分の身が危ない。彼女に何かと理由をつけて罰を与える権限を持つ一人なのだから。

 よって何か不正の証拠一つでも手に入れてに戻るのが一番であると考えた。


 (しかし何故この豚は『賢者』などというだいそれたスキルを)


 彼女がそう思うのも無理はない。

 何故ならばつい先日までこの浮かれ馬鹿のスキルは『魔法: 初級』のみであったからだ。無論スキルの練度れんどを上げることにより『初級』が『中級』等上位変換されることは多々ある。

 しかしながらエルドは修練どころかまともに勉強すらしていない。

 なぜ賢者などというスキルを得たのか不可解きわまりない。


 彼女が観察していると、エルドの顔がピタリと固まる。

 そしてすぐにメイドに声かけた。


「今から用事がある。この部屋から出て行け」

かしこまりました」


 そう言い観察を中断し、密偵みっていのメイドは扉を閉めた。


 ★


「これでいいのか? 」


 閉じた扉を確認しエルドは誰もいない空間に声をかけた。

 するとそれに応じるかのように暗闇が広がり紳士服の男性が現れた。

 黒いシルクハットをかぶる彼はエルドを見るなり声をかける。

 

「ええ、ありがとうございました。しかし、完全に怪しまれていましたが......大丈夫なので? 」

かまうものか。あの憎たらしい男が消えたんだ。どの道誰も俺に反抗できん」


 エルドがクッションのある椅子にどさりと体をあずけると、その男は「左様で」と言いシルクハットを取った。

 二本の角を持つ彼は口をへの字にしながらも「確かに」と言う。


「だろう? 」

「ええ、まさにおっしゃる通りで。権力さえにぎれば後は簡単、ということですね」

「その通りだ」


 エルドがニヤリと笑みを浮かべると男も笑みを浮かべた。


 (ぎょやすい男だ)


 男も気分が良くなり手に持つステッキを軽く回す。

 少し長いそれは空を切り少し風刃を作り出していた。

 それを見てエルドが慌て彼を止める。

 少し不機嫌そうにするもピタリとステッキを降ろした。


「俺の貴重なコレクションがあるんだ。壊すのはやめてくれ」

「ふむ......。仕方ありませんね。やめておきましょう」


 男は納得し移動を始める。


 紳士服に二本の角。シルクハットに長いステッキ。

 普通の来客らいきゃくではない。


 加えてエルドがメイドを下がらせたのは、この男が念話で「今から様子を見行く」と伝えたからで。

 事この家に置いて多大な権力を持つエルドに命令していることからも、この男が普通の来客ではない事がよくわかる。


 (しかし......先程の女性は密偵だったようですが、伝えた方がよろしいのでしょうか? いえ、黙っておくのも楽しみの一つかもしれませんねぇ。ここは一つ黙っておきましょう)


 心の内を隠したまま彼はそのままソファーに座る。

 ステッキを優しく隣に置く彼に安堵あんどしたエルドが声をかけた。


「悪魔。そう言えばお前は何という名だ? 」

「私など『名も無き悪魔』で構いませぬよ」

「しかし呼ぶ時に不便だ——「私は構いませぬ故ご心配なく」......、お前がそう言うなら構わない、か」


 食い下がるエルドにピシャリとめる悪魔。


 (こんな愚か者に真名マナを教えるはずがないでしょうに)


 悪魔のこおり付いたような笑みを見てエルドはつぐむ。

 しかし今日の事を思い出して気分を戻す。

 軽くなった口を開いて悪魔に向いた。


「悪魔。お前のおかげで『賢者』のスキルを得ることができた。礼を言おう」

「お構いなく。代価はいただくので」

「それでもだ。悪魔のおかげであのクソ兄貴を追い出すことが出来た。追放先は魔の森! 最早生きてはいれまい」

「それはそれは。お客様である貴方に喜んでいただき悪魔冥利みょうりきますねぇ」


 上機嫌を通り越して「ハハハハハハ!!! 」と高笑いを始めたエルドを悪魔が嬉しそうに見る。

 その急変化する感情を面白そうに観察しながら、エルドに話を持ち掛けた時の事を思い出した。


 ★


 得たレアスキルの解明を進めていたアルトにあせりを覚えていたエルド。


 彼が焦る中行われた十五の成人の

 これが終われば自分は『賢者』のスキルを得て次期当主のく未来を妄想していた彼に『魔法: 初級』のショックは大きかった。

 正妻の子であるエルドに『賢者』のスキルが宿る事に多大な期待を寄せていた父ザックはその結果に大きく失望した。

 そしてその様子をながめていた悪魔。


 (たかがスキルに一喜一憂いっきいちゆうするとは。これだから人間は面白い)


 タイミングを見計らい絶望していたエルドの前に出た。

 そして悪魔は外法げほうを用いて彼に『賢者』のスキルを付与したのであった。


『賢者のスキルを与えましょう。報酬は——』

 

 今のたか笑いするエルドを観察して悪魔は考える。


 (ふむ。やはり外法は外法ですね。他の人の魂が混ざっている。しかし、まぁ良いひまつぶしにはなるでしょう。さて後はどのように遊ぶか、ですが......)


 紳士に見えて、本物の悪魔。

 そんな彼は思い着いたことを口に出す。


「その力。試してみたくはありませんか? 」


 悪魔の提案にエルドは更に笑い声を上げた。

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