えみ、おすわり。 ~加害者少女は犬になる~
柳なつき
本屋にて
ペットプレイとは何ぞやと、初めて大学の授業を受けた帰り道、本屋に寄ってみた。
情報を得るなら、まずはネットではなくて本から。
何かわからないことがあるなら、まず本屋さんへ。
いまどき古い考え方かもしれないけれど、わたしは、ネットよりも書籍の情報を信じている。
ネットの情報がどれだけ誤りを含んでいるか。身に沁みて、知っているから。
普段よりもしっかりと、変装。
お仕事や動画ではいつもゆめかわな格好をしているから、プライベートではすごくシンプルなジーンズにTシャツ。これなら、わたしがモデルで動画配信者の
ロングの髪をまとめ直して、キャップを被り直して、店に入る。
大きな本屋さんだ。
本のひとつひとつが、つやつや、きらめいて見える。
地元だと、こういう大きな本屋に行くには車に乗せてもらわなければならなかったけれど、東京はすごい。
わたし、やっぱり、本が好き。
相談カウンター、と書かれた看板を見つけて、わたしはそこに向かった。
「……えっと、ペットプレイ、で合ってますか?」
にこにこ笑顔が頼もしかった店員のお姉さんは、しかし、ペットプレイとわたしが言ったら顔を強張らせた。
「はい。ペットプレイについて書いてある本を探してます」
ペットだし。プレイだし。
どちらも可愛らしい印象の単語。
モデルの仕事でも、猫耳のついたパーカーなんて着たこともある。そういうコスプレ遊びの一種じゃないかなって、予想している。
お姉さんは、検索機で手早く検索してくれた。
「いくつか……題材にした書籍が、あるようです。ご案内いたしますか?」
お願いします、とわたしは答えて、お姉さんに案内してもらう。
本当に広いお店だ。自分ひとりだったら、とても辿りつけなかっただろう。
途中、法律や政治の棚のそばを通る。
少年犯罪、と題されたコーナーの、新刊コーナー。
見ないほうがいい、とわかっているのに。目が、タイトルを、拾ってしまう。
『男子中学生監禁事件 ~加害者少年少女たちの異常な加虐性~』
喉が、詰まった。
鼓動が激しくなる。呼吸ができなくなる。
思わず、立ち止まってしまう。
「……お客様?」
「あ、えっと、ごめんなさい」
呼吸も、立っていることすら、本当はままならなかったけれど。
わたしは歩き出した。
「こちらですね」
店員さんは、漫画と小説のコーナーに案内してくれた。
親切に、いくつかのコーナーを回って、該当の書籍を案内してくれる。
「ありがとうございました」
「とんでもありません」
店員さんは、やっぱり魅力的な笑顔を見せて戻っていった。
親切な、お店のお姉さん――彼女だって、わたしの過去を知ったら、あんな笑顔を向けてはくれないだろう。
だれだって。きっと。……そうだ。
わたしの名前は、
この春、二年遅れで大学に入学した、二十歳の大学一年生。
昨年から、ずっと夢だったモデル活動と動画配信活動を、並行して行っている。
そして。
わたしは、男子中学生監禁事件の加害者でもある。
本屋さんには、三十分くらい滞在した。
ペットプレイを取り扱った漫画と小説を十四冊と、知り合いのモデルの子がこのあいだ出版した写真集、それとずっと推している作家さんの、心から楽しみにしている新刊を、買った。
大学生というと、普通は仕送りやバイトのなかで切り詰める生活、なのかもしれないけれど。
わたしの場合は、モデルも動画配信も軌道に乗り始めていて、ある程度の収入もあるから。このくらいの買い物なら、なんてことはない。
大学の学費を払って、衣食住を賄って、欲しいものはとりあえず買う、そのくらいの生活なら、できる状況。
……軌道に乗り始めている。
だからこそ――怖い。
このタイミングで。まさか。よりにもよって。
恭くんに――わたしの過去をいちばん知っていて、きっとわたしたちを世界でいちばん恨んでいるであろう彼に、再会してしまった。
『咲花さん。じゃあさ。ペットプレイに付き合ってよ。これから四年間』
ペットプレイ、という言葉をわたしに示したのは――ほかでもない、被害者の元男子中学生の、……
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