【KAC20231_お題『本屋』】本屋から始まるちょっと不思議な冒険話

鈴木空論

第1話 本屋から始まるちょっと不思議な冒険話

「へえ、まだこんな本屋が残ってる所があったのか」


 散策をしていたカクはその店の前で立ち止まり呟いた。

 まとまった休みが取れたので、カクはある地方へ旅行に来ていた。

 昼過ぎに予約した旅館に着いて荷物を置き、夕食までの時間まで特に目的も無く街を歩いていたのだが、そんな時にこの本屋を目にしたのだ。


 個人経営の小さな本屋。

 子供の頃はあちこちにあったはずだが、今ではまるで見なくなっていた。

 こういう観光地なら生き残れるものなのか。


 ガキの頃は地元のこういう店によく行ってたっけ。

 懐かしさを覚えて入ってみようか思ったが、考え直した。

 今は旅行中で欲しい本も無い。子供の頃ならともかく、今は買う気も無いのに個人書店に立ち入るのはさすがに気が引ける。


 カクはその場を後にし、近くの喫茶店に立ち寄った。

 案内された席から外を見ると先程の本屋が見えた。

 注文のコーヒーを味わいながらカクは何となく本屋を眺めていたが――ふと妙な事に気付いた。


 本屋は思ったより繁盛しているらしく、何人か客が入るのが見えた。

 だが、誰一人出て来ない。

 あの店、入口はあそこしか無いように見えたんだが……。


 たまたま目を逸らしている時に出て行っただけなのかもしれない。

 だがこの時カクは何故か無性に気になった。

 旅先なので普段より腰が軽かったのもあるのだろう。

 カクは喫茶店を出ると再び本屋に向かった。


 本屋の中は一見何もおかしなところは無かった。

 ただ、何人も客が入っていたはずなのに店内には誰もいなかった。

 並んだ本の品揃えも一昔前のものばかりで、表紙がすっかり色褪せている物まである。

 やはり普通の本屋では無いようだ。


 緊張を覚えながら奥へ進むとおかしな本棚があった。

 正確には目を引いたのは一冊の本だった。

 他の本は綺麗に棚に納まっているのに、一冊だけ半分ほど飛び出しているのだ。


「冒険小説とかだと、これを差し込んだら隠し通路が現れたりするんだよな」


 冗談半分にそう言いながらカクは本を押し込む。

 すると本棚は振動音とともに横へスライドし、下り階段が現れた。


「………」


 マジか。

 カクは唖然とした。

 迷ったが、この先に何があるかは気になる。

 意を決してカクは階段を降りて行った。



 ※ ※ ※



 ふと気付いた時、カクは旅館の自室にいた。


「……あれ?」


 何故ここにいるんだろう。いつ戻って来たんだ?

 階段を降りて狭い通路を進んで行ったのまでは覚えていた。

 その後に何かがあったはずなのだが、そこからの記憶が曖昧でどうにも思い出せない。

 首を捻っていると、中居さんが夕食の支度ができたと知らせにやって来た。

 カクは本屋の事を尋ねた。


「すみません、向こうの喫茶店の近くにある本屋の事なんですが……」

「本屋? ああ、昔はあったんですけどねえ。やっぱり商売が厳しかったらしくて潰れてしまって。もう十年以上も前になりますかねえ」


 夕食後、カクは本屋があったはずの場所へ向かった。

 そこに本屋は無かった。そこにはただガランとした空地が広がっていた。


(KAC20232へ続く)

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