第7話  研修始まる。適応するということ

 それから一週間は大倉庫の片付け(復旧作業)がほとんどで研修らしい事はなかった。労働をする事で役にたっている。認めて貰えていると思えるだけで充実感が得られた。

 

こっちに来て三日間で安いスーパーマーケットを見つけ自炊と弁当作りを始め生活費の節約を図る事にした。


 一週間が過ぎると初めて外回り業務に付いて行く事になった。

 午前中、たばこ自販機の引取りをして、そのまま午後からプレハブ製の冷蔵庫の解体撤去作業に付いて行く事になった。集合時間は6時半、都会の朝は早い、首都圏関東近郊の管轄を、横浜と千葉の倉庫でエリア分けしているという。

 朝の早い出勤は通勤時間帯の高速移動を考えると仕方がないという。案の定、通勤時間に当たれば渋滞で動かなくなる。その為の早出と事故などで動かなくなるようなトラブルを考えたスケジュール管理は早く着けば約束の時間まで休憩時間として時間が流れた。一日の拘束時間は長いが休憩時間も長いという事も分かった。同僚たちは時間調整中、それぞれスマホをいじったり仮眠したりしながら時間を埋めていた。


『よし!そろそろ行くか』


 今回のたばこ自販機はすでに切り離されていた。物があっているか確認しトラックに積み込んで持ち帰る。さほど難しくない作業だった。

 引取り物件は設置されている物と切り離されている物がある。設置されている物は持っていけるように壊さないようにしながら金具を外したりして切り離さなくてはならない。例えば業務用製氷機などは給水の為、水道管と繋がっていたり、設置の為ボルト止めされていたりする。

 事前にどうなっているかは聞き取りや下見などで情報収集する事になっているが、お客さんからの情報だとあてにならない事も多く追加料金が発生するケースもあるという。


 今回の午前中の作業はトラックに積むだけだったのですぐに終わった。午前中は埼玉県川越市、午後は東京都町田市、結構なドライブだ。


 しっかりと休憩をした後、午後の作業はプレハブ解体の作業だった。


 解体作業の指示はリーダーから出された。主な構造はすぐに理解できた。前職での経験が生きた事それが身に染みてうれしかった。


 仕事を終え帰宅ラッシュの渋滞に揉まれながら倉庫に戻った。


 すでに暗くなり薄暗い中、今日引き揚げてきた物を下ろし始めていると、新人を紹介された。

 年齢は五十歳くらいで中肉中背、おしゃれな角刈りに明るい色の茶髪、そして眼鏡とアニメのキャラクターにでもなりそうな外見をしていた。


 西の方のイントネーションで丁寧な敬語からかなり腰を低くしながら皆に挨拶を交わし始め私の前に来た。

 

他の人と変わる事なく低姿勢のまま、

『今日から一緒に泊まる事になります。西川です。よろしくお願いします。』


『聞いてました。こちらこそどうぞよろしくお願いします。』


 私も年上の人に対して失礼にならないように挨拶を交わし質問をした。


『お疲れ様でした。岡山からでしたっけ?』

『そうなんですよ…』と大きな荷物を背負い一日掛かりで来たと話を聞いた。

 

  帰り道も、一緒に二十分自転車をこぎながら、西川さんから積極的に話しかけられては安いスーパーの話や明日の仕事について話ながら帰った。

 

 研修中の帰りはなんだかんだで社宅に着くには二十一時を過ぎる事が多かった。


  帰ればやる事は三つ、メシ。風呂。寝るである。


『西川さん夜はお弁当ですよね。すみません。コンロ借りてもいいですか。ご飯と明日の準備したいんですが?』


『全然、使って下さい。使って下さい。』


 その後私はご飯作りに入り、西川さんは弁当をつつきながら今日の仕事を振り返った。先に弁当を食べ終わりお風呂の話をすると西川さんは少し話しづらそうに声と口を開いた。

 

『実は阿部さん、気にする方かもしれないけど、あまり気にしないでくださいね。』

 西川さんは聞けば全身入れ墨だらけだという。


『そうなんですね。余りじっくり見た事ないですが、多分大丈夫だと思います。』

この答えでよかったのか分からないけど、自分は本当に鈍感?いや違うそういうのにさして動じない人だと思った。


 『どうぞ先にお風呂入って来て下さい。』


 私はやっと炊事が終わりキッチンドリンカーから解放され、腰を落ち着けながら、お酒とご飯に手を付けだした。


 部屋の間取りは2ⅮK、トイレと風呂が一緒で脱衣所はなかった。風呂の支度をした西川さんがTシャツ、パンツ姿でキッチンを通る。


 『こんなんですけど、気にしないで下さいね。』

 私の座る横を通り過ぎながら風呂場に向かっていった。


 『すごいですね。龍とかいるんですか?』


 『いますよ。ここに。』とTシャツを捲り上げて教えてくれた。


『外国とか普通なんですけどね。日本はまだまだですね。早くそうならないかなぁ』普段の調子と変わりなく答えた。


『それじゃお先に失礼します。』と風呂に入っていった。



 西川さんはとても人当たりのいい人で自分の話がしたくなり、障害をうつ病という事にして身の上話をした。

 すると西川さんからも持病の話が返って来て心臓病で入院していた事、その為過度な運動は避ける事にしているという内容を聞いた。

 お互いの心と体の問題を共有する事で信頼感も生まれ『無理しないようにしましょう』と言葉を掛け合いながら共同生活も自然と慣れていった。



 毎日寝食を共にしながら、西川さんはほぼ毎日一日の終業の言葉のように『仕事疲れますね。みんな頑張り過ぎじゃないですかね。』と冗談口調で明るい愚痴になるようにガス抜きをしているように言った。私は前職に比べると楽になっていたので、『無理しない程度にお互いにがんばりましょう。』と励ますまでに精神状態は回復していた。そして、一か月もたたないうちに、ADHDの持病(発達障害)も忘れるくらいに会社に癒され、関わる同僚たちと仲良くなった。


 

 その後も、主に業務用厨房機器の撤去作業、重量物の撤去、引取り品の下見など先輩社員の補助作業をしながら、大きな問題もなく過ぎて行った。



 そんな研修先とは裏腹に配属先のうわさを耳にする事があった。どうやらチームワークが乱れているらしい。


 あと一週間。今年いっぱいまでの研修予定だったが、急遽終了の辞令が下った『研修お疲れ様。二十七日に山形に国宮部長と今年最後の引き上げに行って』と社長から直接伝えられた。


 帰る日が決まり、まだやっていない内容が残りの日程で組み込まれた。


 最後の日の電話営業では数時間で一件のアポイントを取る事が出来た。最後までいい時間となった事に喜びを感じた。お世話になった会う人々にお礼を言いながらの一日で一カ月の研修を終えた。



 一カ月弱の短い期間に精神の回復を許され、出張先の会社内での出会いから足の掛ける場所がもらえたような気がした。



 研修の実習は体を使う仕事が主で頭の悪い私にはちょうど良かった。職場の人ともいい関係を作れて少しの自信もついた。会長とその親戚にあたる人たちやその仲間たちも組織の中にいて中国人という日本人以外の人との交流によって、どこか希薄になりがち隣人との関係とは違う、素朴でほっとできる空気感もメンタル面でプラスになっていると感じる事が出来た。


 一カ月間の研修を共にした西川さんと共に私は最後の夜、社長より食事の招待をして頂いた。

 西川さんと私の今後に期待しての食事会、何となくの今後の役割を聞かされ、私は東北営業所を盛り上げてほしいと言葉をかけられた。


 最後の夜一人部屋で振り返って考えた。


 これまでの一カ月、前職とは一変して上手く物事は進んでいる。

 研修での関係が遠くなってしまうのは少し気がかりだった。


 

 研修半ばで社内会議を盛り込んだ大忘年会が開かれ西川さんと共に参加した時を思い出した。

 国内の各営業所の社員が一同に会した会合で社内のフレンドリーさとこれから正式所属となる東北の営業所の男性メンバーとコミュニケーションの場ができた。


 遠藤所長は当たり前の事かもしれないがしっかりと上から支持を出す人だった。

 佐藤所長補佐は私を丁寧に扱ってくれ仲良くやれそうな気がした。

 


これから東北営業所での仕事が始まる。




また一からやり直そうと思いを固め、明日の出発に備えた。



 夜が明け、同居人の西川さんに感謝の言葉と挨拶、お互いの健闘を口にして社宅をあとにした。


 帰りは国宮部長の運転する大型トラックで東北の山形県で東北スタッフと合流する事になっている。

 朝から400㎞のトラック移動で丁度うす暗くなる頃、現場に着いた。東北のスタッフ二名がすでに待機しており敷地内に入ると所長と補佐はトラックに駆け寄り部長に挨拶、私もそれで仕事モードに切り替わった。

 今日はドライブシュミレーターという運転疑似体験機を40台運び出す仕事だ。

 搬出準備をしていると所長が準備した中の養生用品が足りないと所長補佐が不満げにぼやいていた。

 『こういうの続いていてフォローしきれないんだよ。』

 機転の利く佐藤所長補佐は予備に持って来ていたものを用意してテキパキ仕事を進めた。

 前回の忘年会の時より少し尖ったような言葉に感じた。

 運び出すだけの仕事は問題なく終わり山形から営業所のある宮城に帰ったのは夜の十時を過ぎていた。



 一カ月の研修を終え久々に帰って来た自宅、重い荷物を担ぎ変わらない場所に戻り家庭を維持してくれた妻への気持ちを込め少し大きめに


『ただいま、お疲れさまー。』と錆かけの鉄の扉を開けた。


妻は『疲れたでしょ。お疲れ様』と私を労い。


『いや、研修は良かった。癒された。』と答えながら、疲れた体を足早に布団に入るための準備を行った。


 布団の中に入り一カ月前までの日常そして昨日までの一カ月という短い日々、魔法が解けかかっているのではないかと未来に怯える自分に『大丈夫さ』と根拠

のない言葉をかけ眠りについた。


 次の日、改めて東北のスタッフ全員に研修での簡単な報告と挨拶をして昨日の引揚げ品を廃棄して年末最後の仕事は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る