彼女を望むだろう

熊のぬい

彼女を望むだろう

私は、ただ待っていた。古い本ばかりがある古書店で。


月に数回、店に訪れるその人は、赤い口紅が特徴的な美しい人。

この店には似合わない人だった。けれど、本の名前を呟く赤い唇に魅了され、私の心は彼女に奪われた。

その唇で私の名前を呼んでくれないか、そう思った。最初はその程度の願いだった。月日が流れる毎に叶わない願いは増え、私を苦しめた。


人が少ないこの店のスピーカーで流れる音楽は、寂しげなオルゴールばかり。忘れらる本が積みあがり、それに比例して寂しさも積もっていく。私は、彼女が訪れる日をいつだって心待ちにしていた。


そうして望まれて、訪れた彼女は私に見向きもしない。

手に取られる本に嫉妬した。細い手が表紙を撫で、本を開くと、彩られた爪が言葉を撫で、瞳は文字を読む。彼女は、手に取った本を大事そうに抱えた。


その手で、私に触れてはくれないか。

その爪で、私の背を引っ搔いてくれないか。

あぁ!その瞳で私を見つめてくれ!その腕にいだいてくれ!!


願いは深く色づき、心は荒ぶる。私は彼女にこの思いを告げることは無かった。私が失意の日々に涙することも無かった。私を彼女が見つめることも無かった。


私ばかりが彼女を見つめていた。


しかし、心を揺らす日々は終わる。私は彼女以外の人間の手を取った。彼女とは全く反対の。


唇は薄く、書き物のする者の手で、爪は荒れている。その人は、どこか幽鬼めいていた。

私にも見つめる者がいたのだと、驚愕した。その驚きは喜びからくるものではないが、望まれれば、委ねるのが私の本質だ。


彼女は高嶺の花だったのだ。

到底、私には釣り合わないのだ。


もう彼女を目にすることはないのだからと、彼女への思いを断とうした。

けれどそう思えば思うほど、彼女を待つ日々がどれほど恵まれていたか、分かってしまった。


今すぐ手を取ってくれるのなら、例え、この恋のように燃やされるのだとしても。

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