ひどく美しい本と、それを求めるものたちと、ものわかりのいい本屋の主人

キングスマン

ひどく美しい本と、それを求めるものたちと、ものわかりのいい本屋の主人

 揚げたての唐揚からあげを、不味まずいというものもいる。

 宝石や黄金の輝きに目を奪われないものもいる。

 赤ん坊の笑顔に不快感を覚えるものだっている。

 森羅万象──あらゆるものに、例外は存在する。

 万人を魅了するものなどこの世にありはしない。

 たった一つ、とある、ひどく美しい本をのぞいて。


 ひどくありふれた、ひどく古ぼけた本屋に、そのひどく美しい本はあった。

 誰もがその本に心を奪われ、強く求めた。

 本と本屋の主人は、くるものをこばまなかった。

 ただし、そのひどく美しい本を求めるものには、一つの約束を守る義務があった。

 それは、ひどく美しい本が購入者を拒んだときは、いかなる場合でも、ひどく美しい本を古ぼけた本屋に戻すということ。


 最初に本屋におとずれたのは、くさかんむりだった。

 くさかんむりは、ひどく美しい本に、ぜひとも自分をかぶってほしかった。

 そうして、ひどく美しい本はくさかんむりかぶり、くさかんむりとひどく美しい本は『苯』になった。

 くさかんむりはひどく喜んだが、くさかんむりを冠ったひどく美しい本は、ひどくおかんむりだった。

 頭が、もわもわとかぶれてきたからだ。

 だからひどく美しい本はくさかんむりを拒み、ひどく古ぼけた本屋にかえっていった。

 くさかんむりは、ひどくおちこんだ。


 翌日、本屋にやってきたのは、火だった。

 火は、一目で、ひどく美しい本にい焦がれてしまう。

 火は、一目散に代金を払うと、連れ去るように、ひどく美しい本を持ち帰る。

 まるで燃え上がる炎のように情熱的な感情。

 火と、ひどく美しい本は『㶱』となった。

 翌日、ひどく美しい本は、一人で本屋に戻ってきた。

 ひどく美しい本は、いつもの棚に収まると、一言「あいつ、あつ苦しい」とつぶやいた。

 ひどく美しい本に別れを告げられた火は、ひとりぼっちの部屋で消し炭のように意気消沈していた。


 それからほどなくして本屋に訪れたのはさんずいだった。

 さんずいもまた、火と同じように、ひどく美しい本に恋をして、買って持ち帰り、さんずいはひどく美しい本と寄り添い『泍』となった。

 さんずいは火と違い、ひどく美しい本を束縛するような態度はとらなかったが、ほどなくして、ひどく美しい本は、古ぼけた本屋に戻ってきた。

「あいつ、つまんない」

 そうこぼして、ひどく美しい本は眠りについた。

 ひどく美しい本に捨てられたさんずいは、深い海に沈んでいくように、泣いて泣いて涙した。


 ずっと前から、ひどく美しい本のことを想っていた羽は一大決心をして、ひどく美しい本を買って、ひどく美しい本の美しい翼となり、ひどく美しい本と羽は『翉』になって、高い空から世界を見渡していた。

 ひどく美しい本はすぐに飽きてしまい、本屋に戻った。


 仲良し三兄弟、ロとロとロがひどく美しい本を買った。

 ロとロとロは嬉しくてしかなたくて、ひどく美しい本を御輿みこしのように担ぎ、ひどく美しい本とロとロとロは『㮺』になった。周囲の生き物たちはそれをありがたいものだと手を合わせたけれど、ひどく美しいものはバカバカしくなって、ロとロとロから降りて、去っていった。


 そんなひどく美しい本の態度を傲慢だと決めつけたのは、大きな日の出だった。

 すこしとっちめてやろうと、大きな日の出は、ひどく美しい本の上に、ずしりと覆いかぶさり、ひどく美しい本は『曓』になった。

 どうだまいったかと、大きな日の出は得意になったのも束の間、ひどく美しい本は大きな日の出を投げ飛ばした。

 ひどく美しい本は、ひどく強い本でもあったのだ。


 ある日、本屋に訪れたのは、あなただった。

 あなたはひどく美しい本を手に取り、ひどく美しい本をまるで本のようにぱらぱらめくると、どこか納得するように小さくうなずき、その本を買っていった。

 それから何日か経過した。

 早ければ一時間もしないで戻ってくるひどく美しい本が、いつまで経っても帰ってこない。

 本屋の主人は、ひどく美しい本に手紙を書いた。

 三日後、ひどく美しい本から返事がきた。


 ──ここは面白いところよ。この人はいつも楽しそうに私をめくってくれるの。そしてときどき声を上げて笑ったり、本気で涙を流したりもする。はじめての感覚で新鮮よ。だけどいずれ慣れて、私も退屈になると思うから、そのうち帰ると思う──



 その手紙を最後に、ひどく美しい本が、本屋に戻ってくることはなかった。

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