第65話 つまり、以心伝心はウソだってこと

 金属製の箱、すなわち加熱調理器具を凝視する料理長。野生の勘なのか、それが何かしらの調理器具であることを確信しているかのようである。そのまなざしはまるで少年のようだった。見た目は中年を通り越して、おじいちゃんになりつつあるのだが。


「それは、えっと……」


 助けを求めてバルトとレイを見る。二人からの意見をもらえば、俺一人が怒られることはないだろう。なんという完璧な作戦。巻き添えにするわけではない。あくまでも戦略の一つである。


 だがしかし、バルトとレイは俺と目を合わせることはなかった。ぐぬぬ。それならセルブスとララに……はちょっと酷か。自分一人で考えるしかなさそうだ。

 よし、話して口止めしておこう。それなら大丈夫。


「これは加熱調理器具という魔道具だよ。分かってはいると思うけど、みんなには内緒だ」

「魔道具……! も、もちろんです」


 どうやらいにしえの時代に魔道具があったことは料理長も知っているようである。もしかすると、新たな調理器具を求めて、魔道具の調理器具に行き着いたのかもしれないな。

 そんな料理長は、俺のかわいい笑顔の前に顔色を悪くしていた。これなら大丈夫そうだ。


「この加熱調理器具を使って、テツジンにお菓子を作ってもらうんだよ。まずはシュークリームからにしようかな。頼んだぞ、テツジン!」

『マッ!』


 テツジンが動き出した。今回は料理長に教えながらになるので、その動きは緩慢である。本気でテツジンが作ればもっと早く食べられるのだろうが、今は我慢だ。

 シュークリームの皮の部分を加熱調理器具に入れつつ、テツジンが中に入れるクリームを作っている。


『マ?』

「できれば生クリームとカスタードクリームの二層にしてほしいな」

『マ』


 任せてくれと言わんばかりにサムズアップをキメるテツジン。溶鉱炉に落ちるシーンが脳裏に浮かぶので、ちょっと微妙な気持ちになってしまった。

 ん? ララがこちらを凝視しているぞ。


「どうしたの、ララ?」

「いえ、あの、今のでよくテツジン・シェフが言ったことが分かったなと思いまして」

「それはもちろん分かるよ。俺とテツジンは以心伝心だからね」

『マ』


 そう言って、あいている手でサムズアップをするテツジン。もしかして気に入っているのかな? それなら止めないけどさ。

 もちろん以心伝心なんてものはない。ただ単に、このタイミングで聞くならそれだろうなと思っただけである。


 シュークリームの中に入れるクリームが何種類もあることを知っているのは、ここでは俺くらいだろうからね。

 それでもララはなるほどと素直に納得してくれたようである。ララも以心伝心をしたいのか、マーモットの顔を両手で抑えてジッとその目を見ていた。なんかマーモットをしつけているみたいだぞ。


 そうしているうちに加熱調理器具からいい香りが漂い始めてきた。我慢できずに加熱調理器具の近くをウロウロしていると、ララも同じようにウロウロし始めた。

 そしてそれにつられて、魔法生物たちも集まってきた。


『これがいい香りというものなのでしょうか?』

「そうだよ、ラギオス。香ばしい香りだね」

『なるほど』

『どんなのが出てくるのか楽しみだわ』


 ティアが目を輝かせているな。料理長も気になったのか、そわそわとし始めた。今では召喚ギルドにいる全員がシュークリームのできあがりを楽しみに待っている。

 チーン! と甲高い音が鳴り、加熱調理器具が動作を止める。そしてテツジンがその中から例のブツを取りだした。


 シュークリームだ! まだ中にクリームは入っていないけど。懐かしいその形に思わず笑みがこぼれてしまう。

 そんなことはないと思っていたが、郷愁の心があったようだ。


 そんなシュークリームの皮をみんなで目を輝かせながら見ているうちに、テツジンは次の準備を着々と進めていた。


「第三王子殿下、あの道具はなんでしょうか?」

「あれはこのシュークリームの皮の中に、クリームを入れる道具だよ。あの先端を皮の真ん中辺りに挿して、中に生クリームとカスタードクリームを入れるんだ。さっきテツジンがそう言ってた」

「なるほど……まさかあのような道具があったとは」


 感心している料理長。ウソも方便である。実はテツジンが使うだろうと思って、ひそかにトラちゃんの中から取りだしていたのだ。

 なぜひそかになのかについては、俺がその道具のことをあらかじめ知っていたら、疑問に思われる可能性があるからである。

 俺に前世の知識があることがギリアムお兄様にバレたらどうなることやら。考えるだけでも恐ろしい。


 俺が一人で震えている間にも作業は進んでいく。四本の腕で手際よくクリームを注入していき、ついに念願のシュークリームが完成した。

 さすがはテツジン。どう見ても、有名店のシュークリームである。


『マ』

「よくやったぞ、テツジン。最高だ!」

『マ!』


 俺に褒められてうれしそうに目を光らせたテツジン。見た目はブリキのロボットでも、しっかりと感情はあるのだ。

 完成した、光り輝くシュークリームを見て、その場にいた全員が目を輝かせている。もちろん俺も同じ顔をしているはずだ。


「それじゃ、さっそく試食することにしよう。数はあるからね。みんなも食べてよ」


 遠慮している使用人たちも呼びつけて、みんなで食べることにする。おいしいものはみんなで食べるともっとおいしくなるのだ。

 シュークリームを手に持ったみんなの視線が俺に集まった。どうやら俺が食べるのを待っているようである。それじゃ遠慮なく。


「テツジン、シュークリームをいただくよ」

『マッ!』


 中のクリームに届くように大きく口を開けた。

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