第11話 怜子は語る

 日曜日の夕方、どうにか島田先生のテスト問題を完成させると、私は急いで待ち合わせの場所を目指していた。


「あんにゃろーもう二度と手伝ったりしてやんないからな!」


 島田は結局最後までどの仏像の写真を使うかで散々悩み、業を煮やした私はまさに阿修羅の化身となった。今日は震えて眠りやがれ。



「あ~四葉よつば~、ここだよ~」


 居酒屋に入ると怜子が手を振って私を呼んだ。約束の時間から十五分遅れで到着した私は両手を合わせてごめんと謝った。とりあえず生でと店員に告げ上着を脱いだ。


「急に誘ってごめんね~怜子」


 昨日、連絡先から松下怜子の名前を見つけた私は早速飲みに誘った。既婚者だからと多少遠慮はしたが、彼女は二つ返事でOKしてくれた。


「いいよいいよ~やっぱり結婚しちゃうとさ~自分の時間なかなかなくてね。友達もみんな結婚しちゃったから誘い辛くなってね~」


 ふんっこの駆け込み組が! と思わず悪態をつきそうになったのを誤魔化すため「カンパーイ!」とジョッキを合わせた。


 しばらく思い出話に花を咲かせてたが頃合いを見計らって私はこう切り出した。

           

「そういえば怜子って今、椿川高校で教えてるんだよね? 高校のホームページで見たよーテニス部の写真」


「げっあれ見たの!? 言っとくけどあれは加工よっ加工! 逆加工! 私あんな恐ろしい顔してないでしょ?」


 力説するあまり手にしていた枝豆の中身がどっかへ飛んで行った。


「サークルの時も後輩たちに怖がられてたもんねぇ」


 ここぞとばかりに私はいじり倒した。

削除依頼出してやると、怜子は次々に枝豆を口に放り込んでいた。


「ねぇ噂で聞いたんだけど、椿川高校で三年前くらいに自殺した生徒がいたって本当?」


 私の言葉を聞いて枝豆がぽとりと皿の上に落ちた。彼女はゆっくりそれを拾い上げると、少し間を置いてから答えた。


「うーん、その噂はちょっと違うかな。自殺じゃなくて事故死だったの。三年前の夏休み中だったかな。二年生の女子生徒が橋の上からね……」


 少し言い淀むと彼女は泡の消えたビールを飲み干した。追加のビールを注文し話を続けた。


「最初は自殺の疑いもあったから学校でも調査はしたんだよ。いじめはなかったかとか、成績や友人関係で悩んでなかったとか。もちろんご両親に家庭での様子とかも聞いて」


 でもねと、彼女はかぶりを振った。


「結局自殺に結びつくような原因は出なかったのよ、遺書とかもなかったし。最終的には警察も不慮の事故っていう結論を出したの」


 少し悔しさを滲ませた表情で彼女はジョッキを傾けた。私もそれに合わせてぐいっとビールを一口飲んだ。


「でもちょっとだけ気になる事があったの」


 ジョッキを静かにテーブルに置くと彼女は再び口を開いた。


「無記名で全校生徒にアンケートした時にね、私が担任してたクラスの中に、その亡くなった生徒とうちの教師がこっそり会っていたのを見たってのがあって――」


 学校でやっちゃってたらしいのよと、彼女は小声で言った。


「警察にも報告したんだよ、未成年との淫行条例違反だし。でもはっきりとした証拠は何も出なかったみたい」


 そう言うと届いたばかりの焼き鳥を串から外していく。砂肝が串からようやく取れた瞬間、彼女はあっと声を発した。


「そういえば四葉って今、海蘭うんらん高校で教えてるって言ったよね?」


 串を私の目の前でぶんぶん振りながら聞いてきた。思わずその手を振り払い私は答えた。


「ちょっ危ない! そうだよ、三年前から赴任してる」


 彼女は串で器用にもも肉とネギを刺すとぱくっと食べてこう言った。


「たぶん今その高校にいるはずだよ、その疑惑の教師。名前は……高橋修哉」


 やっぱりそうか、と私はモヤモヤとしてたものがスーっと晴れた気がした。


「うんいるよ。今うちで音楽教えてる」


 うんうんと頷くと、彼女は事の顛末を詳しく語ってくれた。

亡くなった生徒の名前は羽田愛伊香はねだあいか。吹奏楽部に所属していた。当然その顧問は修哉だ。


 任意で修哉のスマホやパソコンなども詳しく調べたが何もなかった。羽田愛伊香の方にも二人の交際の痕跡などは出なかった。


 秘密の逢瀬の噂は確証が得られず調査終了。それでも噂だけは一人歩きしていたらしい。それがうちの高校まで届いていたということだ。


 そして修哉は丁度任期満了という事で、そのまま椿川高校を去ったという。


「四葉、高橋先生には気を付けなね。私はあの噂、結構マジだと思ってるから。野生の勘ってやつ」


 流石ラケットを握ると百獣の王女様。眼光が鋭い。


 結局私は修哉との関係を話せないまま居酒屋を後にした。



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