第9話 修哉との遭遇

「しゅっ、、、高橋先生! いきなりどうしたの!? びっくりしたぁ」


 驚いて振り向いてしまい危うく椅子からずり落ちそうになる。彼はいつもの笑顔でニコニコと笑っていた。


「やることなくて暇だったから。差し入れ持ってきたよ」


 そう言って彼はドーナツのロゴが入った袋を私の目の前に差し出した。その笑顔を見るとぎゅっと胸が締め付けられる。昨日音楽室にいたのは、やっぱり彼じゃなかったんじゃないかと思ってしまう。


「で、なんか調べてたの?」


 彼は私の後ろのパソコン画面を覗きこんだ。

やばい、まだ椿川高校のページを開いたままだ――


「あっ、あーちょっとね、大学時代の友達がテニスの顧問やってるらしくてね。

 かわいく写ってるから見てみてーとか言われたから」


 焦って思わずそう答えたが、その写真の怜子は鬼のような形相で生徒になにか叫んでいた。そういえば彼女、テニスに関してはスポ根丸出しだったな……


「あれ、これって松下先生? 知り合いだったの?」


「そ、そうそう、大学の同期でねー同じテニスサークルだったの」


 へぇそうだったんだと、彼はその写真をまじまじと見ていた。


「普段はおとなしくて綺麗な先生なのに、部活になると鬼になるって有名だったよ」


 ケラケラと笑って彼は島田先生の席に座った。

ドーナツの箱を開けると私が好きなチョコが掛かったオールドファッションを渡してくれた。


「ありがと。修哉ってこの椿川高校いたんだよね? どんな学校だった?」


 彼はカスタードクリーム入りのドーナツにかぶりつくと、うーんとしばし考え込んで答えた。


「お嬢様学校って感じだったかなぁ。女子高だからね、共学とはやっぱり雰囲気違うよ」


 そう言って彼は指についたクリームをペロリと舐めた。

それを見てピクっと僅かに体が反応する。思わず顔をそむけコーヒーをがぶ飲みした。


「ところでもうテスト問題は完成したの?」


 彼が指さす先にはすでに出来上がったテスト用紙の雛形が置いてあった。


「あ~うん、一応完成は完成かな」


 私はその紙を透かして見るように頭の上にあげた。


「じゃあもう帰れる? 夕飯でも食べに行こうよ」


 私は内心焦っていた。職員室という空間だからこそ平静を装えるが、二人きりになったらどうなるかわからない。普段通りに振る舞える自信がなかった。

昨日音楽室で見た事を彼に聞く勇気もなかった。


「ん~とね……そうそう! なんか島田先生がテスト問題が間に合いそうにないらしくってお手伝いする約束しちゃったの」


 私は共有スペースで相変わらず考え込んでる島田先生を指さした。彼は相変わらず大きな本をあっちへこっちへと動かしていた。


(ナイス~島田先生! こういう時は役に立つ!)


 彼を見ていた修哉はこちらへ振り返るとちょっと苦笑いを浮かべた。


「約束したならしょうがないか。席がお隣さんだもんね。じゃあもし今日中に終わったら連絡してよ」


 残りは二人で食べてと、私にドーナツの箱を渡すと手を振りながら職員室を後にした。ふーっと息を吐き、私は食べかけのドーナツをパクっと頬張った。


 修哉に言ってしまった手前、仕方なく島田先生を手伝うことにした。私からの申し出に彼は諸手を上げて喜んでいた。まぁちゃちゃっと終わらせましょ――



 二人で作業したにも関わらず、完成したのは次の日の夕方だった。




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