10


家に着いて、俺はパソコンを立ち上げる。


動画サイトを開いて、公式のレース動画を開いた。

セイゼイガンバルが勝った時のレースだ。


見つけるのに苦労はしなかった。

だけど、特に目立っている訳では無い。


俺はクリックして、動画を流す。


「昨日まで雨が降っていましたが、良馬場ですね。どうですか、解説の天都さん。」

「ね〜、昨日の雨短かったし妥当っしょ。ただ、良馬場の中でも少し重ためには入るかもね!」


解説ゆるくないか?


急に、恐らくギャルであろう解説が出てきた所為で、出鼻をくじかれた。


俺が見なかっただけで、普通はこんなんなのか……?


「ハイセイソラゾんの勝負服マジ可愛いよね〜。いちご飴すぎ」

「ちゃんと解説してください。」


たぶん違うな。

この解説、異端だわ。


「一番人気はミラークル。鋭い末脚が持ち味の仔。好きなご飯はバナナ。二番人気のコンタラスは逃げ馬だけどスローペースが得意だよね。三番人気のアラウルは顔が可愛い。マジで。目ぇくりくりすぎ。ギャハハ!ウケる!」

「背中叩かないで貰えますか?独りでツボっててください。」


すげえ喋るな……


その後も何か喋っていたが、俺はあまり頭に入らなかった。

そんなもんだよな。


各馬ゲートに収まっていく。

一頭ずつ小さなゲートに治まると、一瞬ばかり静かになった。


俺は、このレースの結末を知っている。


セイゼイガンバルは、差し馬を抑え、先頭でゴールするんだ。

それを俺は覚えている。


だけど。

なんでこんなに、心がドキドキするんだろう。


分かりきったことで、危機感なんてない。

でも緊張するし、期待する。

カーテンコールが鳴っている時みたいな、聞こえない静寂があった。


「各馬ゲートイン。」

「がんばれ〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


ギャルうるせえな。


あっ、出走した。


ゲートが開き、馬が飛び出す。


レース場で観てるのとは違い、カメラは馬に寄れる。

姿がよく見えた。


「ハナを競るのはハレルヤサニーとテイテンソラ。その後ろ一馬身差でセイゼイガンバル。カンゼンライフ、ミゾラス、その次にカンゼンミグル。最後方にポツンとアイシテルサニー」


うーん、わからん。

俺は馬に詳しくないから、名前と馬が一致しなかった。


青っぽい毛の馬と、両目の間が白い馬が先頭を競り、セイゼイガンバルの近くに黒鹿毛の馬、そしてそこから広がるように馬群が広がっている。


一番後ろの、ちょっと白に近い芦毛がポツンと走っているのが気になる。


そうそう。

この芦毛の仔の足が、結構すごいんだよな。

最後方から切り込んで三着に入るんだよ。凄くない?


色々な馬が走っていた。

想いを乗せているんだろうなって思って、騎手も見た。顔は伺えない。


どの馬も輝いていた。


黒っぽい馬とか、さっき言った芦毛の馬とかの体はキツイくらいの太陽に照らされて、艶やかに光る。

その艶が、何よりもカッコよく見えてしまうのだ。


俺はセイゼイガンバルを見る。


あ、頑張ってるって思った。


普通見ただけじゃ分からない馬の感情のようなものを感じると、途端、俺は嘘みたいに何も分からなくなって、また感じる。


ジッと見れば見るほど、俺は溢れだしてくる感情のような物で、瞳をキラキラさせるんだ。


なんなんだろうな、これは。


大勢の足音が聞こえる。


「残りあと400!内側から伸びていくセイゼイガンバル!だがハナは依然テンテイソラ!おおっと外からアイシテルサニーが物凄い勢いで上がってきた!」


周りが見えなくなるって、こういうことなんだろう。


芝生を散らして馬たちが走る。

硬いヒヅメに付けられた蹄鉄が、軽快な音を立てて、サンサンの太陽の中で汗を少しばかり垂らしながら、走る。


テイテンソラと呼ばれた先頭の馬の、直ぐ後ろに、セイゼイガンバル。

ジリジリと上がっていき、差はもはや無くなっていく。


「テイテンソラ粘る!粘る!が!セイゼイガンバル差した!グングン前に出る!二番手争いはアイシテルサニーとミゾラス!」


頭の上がったままのセイゼイガンバルが抜け出した。

水の流れのように前に出て、突き放していく。


「セイゼイガンバル、悠々とゴールイン!」


ゴール板を通り過ぎていったセイゼイガンバルの背中を見るように、俺は画面を見つめていた。


「俺、やっぱりお前が好きなんだな。」


口から滑り落ちた言葉に、今度は俺が驚いた。


この驚きは表情には出ない。

確かに驚いているのに、どこか当然だと思っているからだ。


馬も、馬の走る姿も、人の想いを背負った乗る騎手も。

支えてきた俺の知らない人達も。


俺は全部素晴らしいと思う。

本当に、心から素晴らしいと思う。


他が好きじゃない訳では、もちろん無い。


だけど、俺が好きなのはセイゼイガンバルなんだ。


好きって言葉を、たった一つのモノにしたくなるんだ。

たった一つの好きにしたい。


俺の心自体が、この馬になっているのかもしれない。


揺れ動く水面みたいな感情を抱えながら、俺はキャプションを開いた。


『大人気企画、第41弾!』


めちゃくちゃやってるな。


『若者に大人気のミュージシャン、マCHU♡とアナウンサー宮崎さんの競馬実況!本名で呼び合い、初詣に一緒に行く程に仲の良い二人の掛け合いをお楽しみください!』


ギャルの解説の人、本名で呼ばれてたんだ。


それは大丈夫なのか……?

個人情報的に……


『ちなみに、この企画が終わったあとは、二人で、暗い部屋で反省会をしているそうです。』


必要か?その情報。


気になって二人について調べてたら、プライベートでも本当に仲良しらしかった。

二人のオタクが結構いるっぽい。


……なんかブレたな。


俺はパソコンを落として、寝転がった。

そこら辺のクッションを枕にする。


セイゼイガンバル出会ったばかりの時の俺、どんな奴だったかな。

すげえネガティブな奴だった気がする。


変わったよな。俺な。な。


おじさんに競馬のいろはを教えて貰って。


高嶺さんとデートまでするようになって。


Twitterでセイゼイガンバルの応援ツイートを初めて、なんかちょっと応援されて。


家の模様替えする為にネット通販を使ったら、椅子がミニチュアだったりして……


お前と出会ってから、俺、変われたよ。

何が良いとか、悪いとか、そういうのは分かんないけど。


その事実が、俺はすごく嬉しく思うよ。


お前は俺の事全く知らない。

俺もお前のこと全部知ってるとは言えない。


けど、お前のことが好きだよ。


GI行くにしても何にしても、健康には気をつけてくれよな。

風邪とか、怪我とか。


今度俺は、おじさんとホシゾラカケル……この前観に行った馬だ。

おじさんの推し馬。


彼がまた走るらしい。


楽しみだな。

どんな走りを魅せてくれるんだろう。


とりあえず、久しぶりにTwitter更新するか。


「『どんなに走ったって辿り着かない場所に、どうやって行けば良いのだろう。月を目指したって、到底ヒトには追いつけない。お前は俺の月。お前は俺を見ない。だけど、俺はいつまでも追い続ける。』…………こんな感じか」


投稿して一時間くらいで、なんか、めちゃくちゃリプライ来てる。


生きとったんかワレェ!ってなに?


「『相変わらずのキモポエム草。』殺すぞ。『……でも生きがい。辛いことあったら何でも言え。』な、なんだよお前……もうっ……」


みんな夜なのに元気だなぁ……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る