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俺はおじさんと一緒にレース場に来ていた。


セイゼイガンバルのレースに付き合ってもらったお礼だ。

今度は俺がおじさんの推し馬を見る。


まぁ、俺の推しは生涯セイゼイガンバルただ一頭だし……


「ポテトフライ染みる~」

「うるせぇよ。」


こんな酷い返答ある?


ポテトフライを口に含んで、俺はおじさんから目を逸らした。


なーんか、おじさんピリピリしてるんだよなぁ。


おじさんは馬券を握りしめては、離して真っ直ぐにする。

それを繰り返していた。


でも気持ちは中々わかるかもしれない。


今、俺とおじさんはGIのレースが始まるのを待ってる。


そりゃ怖いだろう。


GIは、馬の一生で一度しか出られないことも多い。

一度出るのに多額の金が必要になるし、それ相応の実力がなくてはならない。


狭き門だ。


だけども全馬主達が目指す。

GIは、競馬の最高峰のグレードのレースだからだ。


GIに一勝でもすれば、その馬の生涯は安泰だという。


競馬はロマンだ。

ロマンで血汗を流す。


今、おじさん推しの馬は、そんなレースに出ていた。


「居たぞ。あれが──ホシゾラカケルだ。」

「おお〜……ん?どの仔ですか?」

「青毛……めちゃ黒で、黄色と緑のストライプのメンコを着けた馬だ。ほら」


おじさんが指さす先に、馬がいた。


頭の上半分と耳を覆うメンコ──音や砂を遮断する目的で着けるマスク──を着けた、黒光りする馬。


全体的にスラッとした印象を受ける。足が長く、お腹も薄い。


だが、馬体は筋肉質でもあった。

前足近くの筋肉がゴリと盛り上がっている。


彼は逃げ馬らしい。

父はトラノセイバー、母はエカルザル。どちらもGI馬だ。


一番人気だ。


これの意味は分かるだろう。

期待されるくらい、強いということ。


俺はポテトフライを食んだ。

まろやかな油っぽさと、ツンとした塩味が舌に擦りつく。


「お前、うるさいの嫌いだったな。」

「まぁまぁ」


全馬ゲートに入る。


「耳栓使うか?」

「あー……」


スタートした。


「「わぁあああああ!!」」

「うおっ!」


鼓膜を打ち鳴らす歓声に、俺は肩を跳ねさせた。


俺が今まで見てきたレースとは比べ物にならないくらい、大きな歓声だ。


俺は目を丸くさせて、そしてレースに集中した。


まず真っ先に先頭に飛び出してきたのは、ホシゾラカケルと少し薄い色の馬。

その後ろをバラバラに馬が走る。


先行は二頭、差しが七頭。

追い込みらしい馬はいない。パッと見だけだから、もしかしたら居るかもだけど。


コーナーに差し掛かるよりも前に、ホシゾラカケルが驚くべき動きをした。


後続をドンドン引き離し、逃げる。


ただの逃げじゃないことは見て取れた。

初手から何馬身も離す逃げを、俺は見たことがなかった。


ホシゾラカケルの黒いタテガミが風になびいた。

当たり前のように速い。


逃げはハナを取ることが重要だ。

だが、ハナを取るのはスタミナを消費する。


どの馬よりも速く走らなくてはならないからだ。

それに加え、他に逃げがいる場合、競り合いが発生する。


そして更に体力を消費する。


だから、逃げを打つ時はスタミナを消費しすぎないように動く必要性があるのだ。


だけど、何だあの走り。

スタミナを消費するどころの騒ぎじゃない。


他の馬も追いつけないくらいだ。


レースはハイスピードで走行する。

ホシゾラカケルを射程圏内……差し切れる位置に置くためだろう。


コーナーに差し掛かっても、先頭はホシゾラカケル。


コーナーを曲がり切ると、また速度を上げた。


「はっ速……!」


グングンと距離を離していく度に、歓声が上がる。


どよめきは上がらない。

これが、この馬の普通なんだ。


俺は食い入るようにレースを見た。


強い。強い。強い。


ホシゾラカケルの独走だ。

他の馬が目に入らないくらいの走り。


何馬身もの差を付け、レースは進む。

最早何も言うことの無いレースだ。


最後まで、逃げ切れるのか。


唾を飲み込む。

レースは続く。芝が舞う。


最後の直線に入った。

それでも、ホシゾラカケルが先頭だ。


俺は今聞いていないけど、実況は今、ホシゾラカケルの名前を呼んでいるんだろう。


後続が追い上がってくる。

脅威の末脚が迫ってきても、距離を縮めきれない。


ホシゾラカケルがゴール。

次に黒鹿毛の馬……ヘイゼルゼルだっけ、が二着。


大きな歓声と拍手が沸き起こる。


俺は口がふさがらないで、ただそれをBGMに、ついさっき終わったばかりのレースを見つめていた。

記憶がこびりつく。


「すっげ……」


ふつふつと湧き上がるような気持ちは、たぶん興奮だ。


俺はおじさんを見る。

ひどく安堵した様子のおじさんは、疲れた様子で俺と目を合わせる。


「やっっっばくないですか!?」


思いのほか大きな声。

だけど、おじさんはうるさそうにする訳でもなく、ただニッと笑った。


「だろ?」


俺の頭はグチャグチャだ。

強さ。強さに犯されている。


力isパワー!速さisパワー!


その日から、俺は狂い始めた──






競馬界は、ファンの人口を増やしたがっている。


どんな業界でも言えることだが、ジャンルは古参だけでは成り立たない。

にわか──新規のファンが入らない限り、衰退するばかりだ。


新規ファンが参入しやすいようにする為の工夫は多い。


一番わかりやすいのは、競馬の動画が上がってることだろう。


俺はたまに、競馬の動画を見るようになった。


こういう動画は強い馬のすっげーレースばかりだ。


大逃げ、追い込み、溶ける130億!


俺は興奮した。

世の中にはこんなに強い馬がいるんだと思った。


負けるなんて数える程度とか、何馬身差の圧勝とか、差し返すとか。

今まで見たこともないような力強いレースがそこにはあった。


動画を見る日々が続く。


知識は大事だな。


俺は知らなかったんだ。

こんな良い物を、気軽に見れることを今まで知らなかったんだ……


それ以来、俺はセイゼイガンバルよりも。


もっと強く早い、優駿達に魅了されたのだ……



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