2
「これが、競馬場……」
あまりに大きな建物に、俺は気圧される。
競馬場は、思っていたよりも大きかった。
俺はとりあえず中に入ろうとして……止まった。
「にゅ、入場料必要なんですか……」
「はい。」
俺はポケットをまさぐって、数百円を取り出して払った。
出鼻をくじかれてしまった。
だが、俺はまだやれる。
そして馬券を買おうとして……また止まった。
「これどうやって買うんだ?」
馬券売り場には人は全然いない。
スタッフを見当たらなかった。
か、買い方が分からない……!
「兄ちゃん、買わねえなら退いとくれよ」
「えっ、あっあっ、すっすみません……」
急いで退くと、おじさんが胡乱気な顔で通り過ぎてった。
ど、どうやって買うんだろう……
俺はスマホで買い方を調べようとした。
馬券 買い方……
種類多くない?
「なぁ」
「はっ、はい」
急に声をかけられて、俺は方をビクつかせる。
さっきのおじさんが、声掛けてきた。
俺はおじさんのヨれた服の襟を見ながら、次の言葉を待つ。
「あんた、買い方分かんねえのか」
「あっえっ、えっと……」
「わかんねえのかって聞いてんだ」
「わ、わからないです!」
懸命な俺の答え。
それに、おじさんは「そうか」と言って、券売機に手招きした。
「教えてやるよ」
「えっ、い、良いんですか?」
「おん。そんなオドオドしてると暴言吐かれて絡まれるぞ。」
「ひえ……」
そんな…………
戦慄しながら、おじさんの手元を見る。
「いーか。馬券にはまず、種類がある。」
「はい」
「お前、どういう買い方したい?……あー、ロマンか、堅実のどっちだ」
「ドカンと当てたいです!」
「声でけえよ」
おじさんは顔をしかめて俺を見た。
すみません……
「少ない金で、たくさん欲しいなら馬のオッズで見るんだな。その馬を選んで、馬券の種類を選ぶ。」
「オッズ……?」
俺が首を傾げると、おじさんは「おっマジか」見たいな顔をした。
すんません……
「オッズってのは、その馬を買って、勝った時にどれだけ金が増えるかだ。オッズが1.5のを100円で買ったなら110円。オッズが2.0のを100円で買ったなら200円ってな」
「はい」
「馬券は買われてれば買われてるほど、オッズが減る。だから強い馬ほど旨みが少ない。そんで、一番馬券が買われてる馬は一番人気になる。」
「なるほど……」
俺が呟くようにそう言うと、おじさんと目が合った。
「お前ほんとに分かってるか?」
ひえっ詰められてる……
「あっ、あ、す、すみません……き、聞いてました」
「返事がちいせぇし、馬鹿っぽすぎる」
「す、すみません……」
「……まぁ良いわ」
おじさんは至極どうでも良さそうに、また目線を機械に送った。
どうでもいいなら言わないでよ……
「オッズが低い馬は、たくさん馬券を買われてるって言ったな?つまり、そういう馬は安定して勝ててるってことだ。オッズが高い馬は、安定して勝てていないって事だ。」
「あ、じゃあ、下手にオッズの低い馬を買っても、負けて損するってことですね。」
「そういうことが多い。まぁ、単純な人気で一番なんてこともあるけどな。」
めちゃくちゃ丁寧に教えてくれるな……
ボサボサ頭で髭もモサモサの、見るからに生気が無いのに。
おじさんはめちゃくちゃ優しかった。
「俺ァそういう奴が大損すんのを見んのが好きでね」
最低だった。
「普通、初めてならワイドだな。三着までに入る馬を二頭選んで買う。これなら当たりやすい。」
二頭選ぶってことは、その分、当たる確率は上がるだろうな。
一回のレースで十頭走るとする。
そうすると、当たる確率が単純計算で、十分の一が十分の二になる訳だ。
「……1と2を選んだら、その1と2が三着以内に入ってれば的中になる。三着以内なら、馬の着順は関係ないんだ。」
「な、なるほど…」
「こういうのが堅実な買い方だな。ただ、配当は低くなりやすい。」
配当……貰えるお金のことだ。
低くても当たりやすければ、損することは無いのか
「あ、でも勝てそうな馬って、どうやって分かるんですか?」
超能力でも無い限り未来を予測はできない。
だから理由があるのだろうが……
やっぱり血統ってやつかな。
「出走歴と血統。あと馬体……馬の身体で決める。直近で走ってたら疲労が溜まってるだろうから外すとか。」
「あっ、血統も重要なんですよね?なんでなんですか?」
「よく知ってんな。簡単だ。親が強いと子が強いことが多い。」
単純な理由だった。
確かに、競馬はブラットスポーツと呼ばれることもある。
それくらい、血の強さは大事なんだろう。
「だが、期待されてなかった馬が尋常じゃなく強い時だってあるぞ。そういう優駿……名馬は多い。」
「へ、へえ〜ロマンありますね……」
「……そうだな」
何だか寂しそうに言われた。
だけどそれは一瞬で、すぐに何でもなさそうな、くたびれた顔になる。
気の所為かな……
「あとは、毛並みが艶やかだと体調が良いから走りは良さそうだ、とかだな。……パドックって分かるか?」
「あっ、わからないです……」
「馬を見れるやつだ。これで決めんのもありだな。」
「あっ、はい」
なるほどなぁ
「ロマンで買うなら、圧倒的に単勝だ。応援馬券とはまた違って、なんつーか、情熱がこもる気がする。」
「応援馬券ってなんですか?」
「応援している馬を、応援する馬券だ。単勝と複勝の両方を買える。……複勝は自分で調べてくれや」
お〜……なるほど
つまり、ドカンと当てるならオッズが高い馬を大穴で狙うのが良いのか。
でも、それだけだと負けて損する事も多い。
だから親が強いかどうか。
前の出走が近くて疲労が溜まってないか。
自分の目で見て強そうかどうか、が重要なんだな。
でも俺、セイゼイガンバルを見に来たんだよな……
応援のつもりで、応援馬券にするか?
「まぁ、これでもう分かったろ」
「はっはい、ありがとうございました。あのその、お、お兄さんは何買うんですか?」
そう言うと、おじさんは目を丸くした。
そして大きな口を開けて笑う。
「お兄さんたぁ、礼儀のわかってるやつだな。特別に教えてやるよ。」
「あ、ありがとうございます……」
「俺は一点買いだ。」
「おお〜……」
おじさんは鞄をまさぐると、一万円札を取り出した。
…………いや違う!束だ!
五万円持ってるんだ!!
「ごっ、ごっ、五万!?五万も賭けるんですか!?」
「ばっ、声でけえよ!誰もいねえから良いけどよぉ……」
スパンと頭を引っ叩かれて、俺は慌てて周りを見渡した。
誰もいない。
聞いた人はいなさそうだ……
そりゃあ、金を持ってるって分かったら盗まれる可能性あるし……
「すっすみません……」
「なんか新鮮だよ。俺はこんなんハシタ金にしか見えねえ」
五万賭けるのがハシタ金!?
この人って、すっげえお金持ちなんじゃ……
「お金持ちだぁ……」
「ナッハッハ!んなわけねえだろ。金持ちがこんな格好するか」
「え、あ、そ、そうですね……??……あはは……」
俺は愛想笑いをして、思った。
……競馬は金銭感覚狂うってよく聞くけど、マジなんだぁ……
ちょっとゾッとしたわ。
俺も気をつけておこう……
「そういや、兄ちゃんは何にする?」
「お、俺はセイゼイガンバルを見に来たので……セイゼイガンバルの応援馬券……に、します。」
「そりゃいいな!」
おじさんは豪胆な笑顔になると、何だか嬉しそうにそう言った。
「あと言っとくけど、十万賭けてるやつもいるぞ」
「え"っ"」
そう言い残して、おじさんは去っていった。
…………千円賭けようかと思ってたけど、百円にしよ。
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