魅惑の本屋

木野恵

夢のような本屋

 住みたいと思っていた北海道で就職活動をしていた大学生時代。

 初めて利用した本屋さんの中で、とても心と記憶に残るお店があった。

 今まで本屋は本屋としか認識しておらず、お店の名前も企業も気にしたことがほとんどなかった。

 なにがそこまで私の印象に残ったのかというと、建物の階層をまたいで本が陳列されていたこと、図書館にあるような検索端末が置かれていて在庫の有無を調べられた点だ。

 私はずっと『IT』イットという本を探していた。

 探していた理由は幼いころのトラウマに端を発する。

 とても怖いピエロの映画だった。

 トラウマを克服するべく映画を探したこともあったが廃版で扱われていなかった。

 ならば原作を読むしかない。

 しかし、立ち寄る書店のどこにも『IT』は置かれていなかったのだ。

 もうどこにも置いていないのだろうか。

 そんなネガティブな考えも吹き飛ぶような大型書店がまさに今いるこのお店!

 ここになら置いてあるかもしれないという期待を胸に、端末に単語を入力したことが昨日のことのように思い出せる。

 期待に胸を躍らせながら調べてみるとヒットしたのだ!

 どの階のどの棚かまで親切に表示されていて、思わず黄色い声を上げそうになったのが懐かしい。

 なんてすばらしいシステムなんだ!

 一気に大好きになった。素晴らしすぎる。夢のようだ!

 端末に表示された階と本棚の場所へ行き、お目当ての品物を発見した時の興奮たるや。

 ウキウキしながら四巻構成の文庫本を一セット抱えてレジへ赴き、ポイントカードの存在を知るや否や、考えるまでもなく発行してもらった。

 ああ、なんて素晴らしい本屋なんだ!

 就職活動は失敗に終わってしまったけれど、こんなに素敵な本屋を知るきっかけになったことがとてつもなく嬉しかった。

 結果は出せずとも、誰かに結果だけ見て否定されようとも、その過程で得た記憶と思い出は決して無駄にはならないしなくならないのだ。

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魅惑の本屋 木野恵 @lamb_matton0803

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