クロウはギルドに憧れる。
俺、クロウは牢屋から脱走した。クロウという人間は浮浪者であった。自由気ままに、気分のままに行動する。だから人の誘拐を手伝う仕事であろうとも、そんな仕事は受け持ったことがなかったな、一回くらいはやってみたいな。そんな興味本位で、誘拐犯の用心棒役を担ったのである。
そんな性格ゆえに、このディネクスに顔を出したとき、冒険者という存在を知った時、興味がひかれた。
今まで仕事は自分で探すものだったから。自分で人々の需要を見定め、自分なりにその需要を提供することが当然だと思っている。だがそれでも、市場調査とか、需要を探すという行為は面倒だった。
だが冒険者はどうだろう。何だよ冒険者って、仕事が貼り付けられて、その仕事をすることを決めたらその紙を提出して仕事ができるだって?
めっちゃ楽チンじゃん。そう思った。困りごとを一か所に収集し、その解決をできそうな人間にしてもらう。素晴らしいシステムだ。何が冒険なのかはまったく理解に苦しむけれど、俺はその業務システムに憧れを抱いた。
興味ある事柄はなんでもしたい。それがクロウスタイルである。だからその興味があるのかどうかを、駄菓子屋のお菓子を見聞する感覚で見られるなんて思わなかったのだ。
冒険者。その言葉を聞いたのは、一緒に牢屋に入れられていた元主人からである。薄暗い、固い壁に空いた空気穴からしか外界の空気が入らないような、そんな陰気な空間で聞いた話だった。
「マジでお前なんて雇うんじゃなかったぜ、全然使えないじゃねーかよ。冒険者ギルドの正規依頼ができない案件だから野良のお前を選んだってのに、やっぱりこういうのは冒険者ギルドに限るんだろうな」
俺はその言葉を理解できなかった。裏、というか、正規の依頼では確かにない。手続きに法的拘束力はない。そんな不安定な状態の契約で彼が率いる誘拐グループと契約を結んだのである。
だからこそ、転移者誘拐という、表立って説明できない仕事の用心棒のために俺を雇った元ご主人ではあるのだが、その表を俺は知らなかった。冒険者ギルドというのを、知らなかったのだ。
「なぁ元ご主人様、その冒険者ギルドってのは何なんだ?」
ああん?と毒が口から洩れた。本人のいる前で、その本人よりももっと優秀なのを選ぶべきだった、という皮肉がスルーされたからなのだろう。だがその元ご主人をボスとしている子分が、俺の無知に対して、がはははは!と笑い出した。
「お前冒険者ギルドも知らねーのかよ!ディネクス特有の仕事システムで、困った人がそこに依頼を送りつけて、その解決を冒険者に任せるんだよ」
────────────────────
それを聞いて、俺はこの牢屋を抜け出した。詳細なことは省くが、なんか大きなサイレンが鳴り響き、看守の人々が騒がしくなっていたので、そのタイミングで抜け出したのである。
その冒険者ギルドというのを見てみたかったから。
そして、一応黒ローブはこの前見られていたので白ローブで冒険者ギルドに侵入したのだ。そこには狭い空間に、大勢の戦えそうな人々が入っていた。入口になんとか入ることができた。真っ暗な外からいきなり明るい空間に来たものだから、一瞬のまぶしさに目を閉じてしまう。
中に入り、食堂の裏道を抜けてスペースに入る。明るさに慣れてくると、掲示板みたいなところで、お偉いさんが説明しているらしい。その人の腕はとてもゴツゴツで筋骨隆々に鍛え抜かれている。それにそのガタイにまけない威厳がその表情から現れていたし、その人の話を大人しくみんなが聞いていた。だから俺もなぜか大人しく聞くことにする。集団心理という奴だろうか。
「知っての通り、現在動物が謎の暴走状態にあり、家を壊したり人を襲ったりという被害が確認されている。君たちにはその鎮圧に当たってほしい。ただ生き物の中には国民の家族や馬車の馬も含まれるため、傷つけずに無力化してほしい」
険しい表情からは、ことの重大さが滲み出ている。周囲のギルドメンバーもどよめいていた。どうやって解決すればいいのかと。攻撃手段なくしてはそんなの収めようがない、と。
いやそんなの少し考えればわかることだろうに。俺は今しがた回答にようやくたどり着いたようにつぶやく。
「なるほど、となればヒールが有効だろう。あれならリラックスさせて動物達の興奮を抑えることができる。暴走を止められるかもしれない」
そういうと、周りの人たちが「その手があったか」とか「そうすれば傷つけずに済むわね!」とか感嘆の声を漏らす。お陰で目立たずに済んだようだ。
そうして結論、ヒールを使える人は主導となって、使えない人は動物が他の住民を傷つけないように誘導するという話に落ち着いたようだ。
だが俺はこんなのに参加するためにこのギルドに来たのではない。より効率よく仕事ができ、より稼げるかもしれないという希望からここまでやってきたのである。
周囲の人間が一斉に外に出ていくなか、ギルド奥のクエストカウンターを陰から眺めていると、聞き覚えのある、女の声が耳に入った。
「マスター、二人は見なかった?サツキと飼育員ちゃんは!?」
「いないのか?」
かつて森で俺を捕らえて檻に閉じ込めた、名前は確かカレン。金髪がギルド内の暖色な照明に照らされているから良く映える。
こいつもここにいたのかよ。流石にそれではまともに仕事ができなさそうだ。ギルドの業務体系が今より良かったとしても、彼女がいては流石にマイナスだろう。俺の存在に気付いてまた牢屋に戻されたくはない。
「うん、どこにいるのかも分からないの」
「わかった、だが捜索のためだけの人員を割けるほどの余裕が今はない。せめて見かけたら合図の花火をあげることくらいだ。できるだけ多くの人に伝えるようにするよ」
「ありがとう!」
話を聞く限り、人を探しているようだ。そういえばもう一人の転移者の男が見当たらない。ははん、さては誘拐されたね?お気の毒。俺が言えたことではないけれど。
カレンがスタコラサッサとギルドを後にする。俺は緊張が解けたため、ほっと胸をなでおろした。
「君、見ない顔だね」
「ひゃい!?」
男の野太い声が鼓膜をぶん殴ったせいで、変な声が出てしまったじゃないか。声の方角を見やると、さっきのマスターと呼ばれていた男がこちらを見ている。しかもテクテクと近づいてきた。
「さっきの話を聞いていたようだし、説明は不要だろう。すまないが、サツキ君ともう一人の女の子が見つかったら、この花火を上げてほしいんだ。」
そういうと、導火線の付いた花火の筒を俺に押し付けた。そういわれても困る、俺は別にあいつを探す義理なんてないのだから。
「ちょ、俺そんな人知らないですし、見つけられないですって」
そういって筒を突き返そうとするが、マスターは顔をずいっと俺の顔に自身の顔を近づけてきた。
「もしこの頼みを聞いてくれたら、君を特例でシルバーランクからギルドメンバーとして認めよう、脱走者のクロウ君」
瞬間、俺は数メートル飛びのいた。
意表を突かれた。何で知っているこいつ。だがそんなことはどうだっていい。問題は、そのことを知っていて、捕まえもせずに交換条件を持ち出していることだ。
周囲の人々が怪訝な目で俺とマスターを見る。まずい、目立つのは良くない。
俺のシリアスな気持ちとは裏腹に、にっこりスマイルを浮かべて声を大にして言った。
「おっと!驚かせてしまったね!新人には積極的にチャンスというのを与えるのが、このギルドの教育方針なのさ。それが転移者であろうとなかろうと変わらない。少なくとも私はそうさ。転移者に不当に贔屓しすぎると他のギルドメンバーに示しが付かないんでね」
言い終えると、若干の真剣な空気をはらませて「君は話に乗るかい?」と視線で問うた。
正直シルバーランクというのがどこまで優遇処置であるかは分かりかねるが、少なくとも、俺の利害と一致する。
俺は、花火の入った筒を掴みなおす。
「食えないマスターだぜ、いいよ、やってやる」
そのマスターが作った絶品料理をたらふく食うお話は、また別のお話である。
────────────────────
そうしてあのサツキという少年を探すことになったというわけだ。真夜中の森を散策していると、ちらほらと動物達が襲ってくるのでヒールによって鎮圧。熊はおろか鳥でさえも凶暴化して人間だけを襲ってくるんだから、ましてやそれが真夜中となればかなり怖い。
町中で動物達が騒がしくしているところを見るに、人に対して動物が凶暴になっているように見える。人間を敵対視した、何者かの手がかかっていると見て間違いない。
騒ぎの場所では、ギルドの連中が積極的に人の救助や動物達の鎮圧に当たっている。サツキがそのような場所にいたならば、駆り出されているギルドのメンバーが花火を打ち上げてカレンに合図を送ってくれることだろう。
となれば、逆に人がいなさそうな、ひいてはギルドの連中が駆り出されにくそうな、人気のない場所を探すのが得策とみた。
なので、特に人気のなさそうな、王城の裏庭に来ていた。裏庭っていうか、並木道に近そうな雰囲気だ。きっと晴れた休日にはここでピクニックに興じる家族がごった返して落ち着かなくなるのだろう。
だが今は真夜中である。なんならもう数時間もすれば日が昇るであろう時刻。こんなに暗いと探すのは困難。しかも人がいなくても動物達にとって自然豊かな空間はホームグラウンドだ。そんなパーソナルスペースに他種族である俺が足を踏み入れたとなれば、動物の謎の暴走にも拍車がかかるというものだ。
暗い木々の隙間から、鋭い眼光が二つ見えた。夜目の利く動物が周囲を探しているのだ。きっと人間がいないから大人しくしているだけで、俺がその超範囲センサーに引っかかれば、すぐさま敵判定されて袋叩きに遭うことだろう。
はてと、俺は気づく。人間がいれば敵判定を受けて動物に襲われる。ならば、動物が興奮状態で騒いでいる場所に、もしかしたらサツキ達がいるのかもしれない。
その仮定を前提として、捜索範囲をさらに狭めた。
そして、
ドォォォォォォォォォォォォォォン。
と、大きな音が、裏庭の奥から聞こえた。そして立て続けに騒がしい音が近所迷惑にも響いてくる。
俺は木に登る。ブロッコリーみたいな木の頭がモコモコと視界の下に広がっており、頭上には星々がキラキラときらめいている。ピカピカと、いつぞやどこかしらの国で見た、イルミネーションという奴みたいに、点滅する星空。思わずため息が漏れる。
はぁ。
さて、あそこにいるのか。
俺は木を飛び移り、さながら忍者の如く移動する。といっても忍者なんて本で読んだことしかないから、分身を作ることもできないし、水に浮くこともできないけれど。
ぴょんぴょん飛び移り、距離を縮める。すると、音の響いていた場所にたどり着いた。そこには、泥の掘っ建てのような空間ができており、数人の人間が見て取れた。ビンゴ。サツキがそこにいた。他の人は見覚えがないが、面倒ごとはごめんなので見て見ぬふりをしておこう。どうせ真夜中の裏庭で、花火大会でもしようってことだろう。うむ。絶対そうだ。
と適当な解釈を加えたところで、木の上で打ち上げ花火を構え、満点の星空に向かって、打ち上げた。
ピュ~~~~~~!パァン!
大きな音と共に、明るいオレンジ色の大きな一輪の花を咲かせた。
ふう、これで俺の仕事は終わりっと。夜に仕事ってのは体内時計が狂って良くない。さっさと退散して安全なところで休みましょっと。
そう安心しきっていると、花火の光に照らされて、空に滞空する生き物の群れを視認した。それは大小様々な鳥たちだった。
そうか、だからこそ星はきらめいていたのだ。「ピカピカ」と、点滅していたのだ。羽ばたく翼で見え隠れすることで。
「うげっ!?」
大きな音でびっくりさせた現況たる俺を、その鳥たちはギロっとロックオン。鋭い無数のクチバシが、勢いよく迫ってきた!
「ぎゃー-----!!!!」
俺の役目は果たした。後は野となれ山となれだ!
木々を最高速で飛び移り、鳥の猛攻をかわしながら、その場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます