嫌な予感
「嫌な予感」とは、何だかこれから嫌なことが起きそうだな。そういう予感である。
この俺、山田サツキはそれの感度が恐ろしく鋭い。それは俺がそもそも不幸であることを知っているが故に、その不幸を予測できるからだ。習慣というやつだ。
例えば目の前に、百個の箱があったとしよう。何の変哲もない普通の箱だ。だがその中に一つだけ、箱を開ければ爆発する爆弾が入っている。確率は百分の一。そのシチュエーションならば、俺は易々と爆発する箱を選ぶ自信がある。
しかし、そんな時こそ嫌な予感がやって来る。箱に触れようとしたならば、背筋が──ゾワッ!と凍え、降りかかる不幸を予期してくれるのだ。否、見えてしまうのだ。そんな気がするのだ。
そんな嫌な予感に救われたことはいくらでもある。だがそんな表現はしたくない。何故ならばそんな予感がなくとも、不幸でなければそれでいいだけの話なのだから。故に、イヴとの交換条件に「俺の不幸を消す」ことを提案したのである。
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「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
ドシィィィーーーーン!!!
100キログラムは下らないだろう大木が、炎を纏い黒ローブの体を下敷きにして倒れる。大地を響かせる衝撃は、尻餅をついていた俺の尻を骨づたいに揺らした。
っぶなっ!!数秒遅れたらあの燃えた木でぺっちゃんこになってたのかよ!
お尻をさすりながら立ち上がる。外敵を退けることには成功できたが(尻だけに)、周囲が燃え盛る炎に見舞われている。屋内の火事の時には身を屈めて家から脱出するものなのだが、木々が燃えては倒れ、燃えては倒れを繰り返し、もう徒歩で脱出する希望が見込めない。
更には、ここから人一人運んで逃げないといけないのは流石にきつい。転移したせいだろうか、今まで不幸への備えとして制服に忍ばせ得ておいた装備という装備が、根こそぎ置いていかれているのに今気づいた。くそ、あれば脱出なんて容易いのに。
今ある選択肢は二つ。姉御を無視して一人で逃げるか(望み薄だけど)、時間はかかるが姉御を起こして、松明を消したような、魔法による鎮火を頼りにするかだ。
...彼女がこうなったのは、俺の不幸が巻き込んだせいだ。だから彼女を見捨てるということは、俺が彼女を殺したに等しい。つまり後者だ。
「おい起きて!火事だから!マジでやばいから!」
俺は頭から血をツーと垂らしている姉御を揺り動かす。頭に衝撃を与えられた人間に対しては適切でない行動なのだが、今は時間がなかった。
「うう、」
姉御が目を覚ました。良かった。だがそれに時間をとられ、火の手が360度まで及んでいる。一人で頑張れば逃げられるかもしれないワンチャンスすら失われた。もう姉御の魔法でしか助かりそうにない。
「...ここは、これは今どういう状況?」
「周囲が火事で逃げ場なしだ!もうあんたの魔法での鎮火しか頼りにできない!」
「おっ...けー、」
ゆらりと起き上がり、黒い服のうちに忍ばせていた杖を取り出す。
杖が光りだし、姉御は放った。
「アークレイン!」
光る杖を持ちながら、自身の体を一回転させて、弧を描き杖を振る。振り乱される魔女の黒衣は、周囲の火の粉を巻き込み、まるで装飾のようにも見えた。そしてその場所に超高密度の雲が形成され、燃える木々の隙間を埋める。それが全角度放たれる。
雲から雨が降り注ぐと、しゅぅ~~......という音と共に、あっという間に火事が鎮火された。水蒸気が視界を覆う。
「ふう、ヒール」
姉御は目を閉じる。すると、俺を治してくれたときのような、アロマテラピーな香りが鼻腔を緩やかに通り、みるみる内にカレンの頭の傷が癒えていった。
「助かったわ、やるじゃん」
振り向いた姉御はニコッと明るい笑顔を見せた。
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日が昇り、異世界最初の朝を迎えた。なんて眩しい朝なのだろうか。片手で光を遮り、指の隙間から陽光を見る。
俺は姉御と誘拐犯達、それに雇われた魔法使いを連れて(縛り上げての連行)、馬車に乗って、ある場所に向かっていた。姉御が予め馬車をどこかに停めていたらしい。
ガタンガタンと揺れる中で、俺は一抹の安心を覚えていた。ようやく一息つくことができる。
「そういえば名乗ってなかったね、私はカレン、魔法使いよ」
森の火事を鎮火させた時や、石を飛ばした時に見せた杖からして、魔法使いっぽいとは思っていた。それもただの魔法使いではない。美人魔法使いだ。暗闇で良く見えなかったが、まず金髪の輝きがすごい。シャンプーのCMから飛び出たかのような艶は、全身真っ黒の服とのコントラストに見えて、よく映えていた。
「俺は山田サツキだ、サツキで良いよ、よろしく」
「サツキ、さっき私を起こしてくれて助かったよ、こいつらを生かして捕まえないと報酬無くってさ」
「こいつらは何か指名手配されてたのか?」
尋ねると、カレンは馬車の後ろで檻に閉じ込められている奴等を睨んだ。
「最近ここいらで、転移者の誘拐事件が起こっているの。その犯人ね」
「こ、ここいらで!?」
「そりゃ俺たちじゃねーよ!俺たちはただ金持ちに転移者を売っているだけだ!」
山賊っぽい人達が、まるで何も悪いことはしていない!と言わんばかりの勢いで自己の正統性を主張した。いやそれ何の釈明にもなってないぞ。
「そんなの国に戻ったらいくらでも聞いてあげるわよ」
カレンが冷めた口調で誘拐犯達を黙らせる。
危なかった、俺は誘拐されて何処かの貴族に売られるのかと思った。だが「最近」という言葉が気になった。
「なぁ、最近ってのは、いつからなんだ?転移者の誘拐ってのは」
「私が知っている限りでは、私の生まれる前からね。最近聞いた話だと、一週間前にも、友達の転移者が消息不明になったかと思ったら、数日経って記憶を失って別の場所で働いていたとか」
誘拐犯たちを睨めつけてそう呟いた。
最近、それも一週間前。これはさっそく話が違う。イヴが言うには数百年前から転移者が来ていない。だが実際この異世界の住人に聞いてみれば、当然のように転移者は、ここ最近も健在らしい。カレンが嘘をついているとしても、他の異世界の住人に聞いてみれば分かる話だからその可能性はないだろう。となると、イヴが嘘をついている?
だがあの様相は、泣きじゃくった絶望は、演技だとは思えない。何の根拠にもならないけれど、あれを演技で嘘をついていると判断すれば、俺は何も信じることはできないだろう。何かを本気で信じることは、できない。
「そうか、カレンの姉さんはあの事件を追ってるのかい?」
不敵な声音で言ったのは、山賊の奴等と共に檻に入れられている、焦げに焦げて穴だらけになった黒ローブを羽織り、背中に両手を縛られた男だった。山賊達のように髭面ばかりではなく、よく見るとカレンよりも劣らずの美形だった。燃えカスが全身にくっついてて残念でならないが。
「あんた、何か知ってるの?つーか姉さんって呼ぶな」
先程の冷たさを保ち、カレンは黒ローブの男を睨み付けた。
黒ローブはキリッと口角を上げ、かっこつけた表情で俺達に提案した。
「俺はクロウ、金さえくれれば雇われる用心棒さ。俺様はそうやって生きてきた。だから役に立つ情報くらい一つや二つ、教えてあげなくもないんだぜ?」
「信用できないわね、大人しく閉じ込められなさいな」
ま、不意うちされた身だし、普通は信用ならないだろう。カレンは呆れ混じりの声色であしらった。
「そんなぁ......」
泣き混じりの声を漏らし、ズシッと肩を落とすクロウ。彼なりの命乞いだったのだろう。下手すぎる。
「半額!半額!にするから!」
「金額じゃないわよ話聞け!いや聞かなくて良いから永遠に黙ってろ!」
がくっと頭を下げるクロウを一蹴するカレン。
それはともかくとして、転移者を誘拐して売って金を得ることが、どうやらこいつらの目的らしい。にも関わらず、その事実を表明してまで否定したい、カレンが狙っている変わった誘拐事件ってのは何なんだ?そもそも誘拐が変わっているって、何だ?
「変わった事件ってのは、どう変わっているんだ?」
「あぁん!?あ、あぁそれね」
話を急に戻したせいか、カレンは興奮気味になっている。だがすぐにテンションと視線を落として、カレンは憎しみもなく、ただ虚しそうに呟いた。
「転移者が行方不明になったと思ったら、その転移者はひょっこり帰ってくるのよ」
なんだよ、帰ってくるならば別に悪いことはないじゃないか。そんな呑気な事は思わない。何故なら
────ゾワッ!!
嫌な予感が、すでに俺の背筋を凍らせていたからだ。
「記憶を失ってね」
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