異世界の歪曲者たち
こへへい
新世界のプロローグ
この世界は、異世界である。
「なーんて...思ってた?」
目の前の男は、誤解していた俺を嘲笑していた。
激しい戦いの末、大地は荒れ果て、周囲の景色は岩山しか広がっていなかった。気が付けば、俺と奴の長い影が地面に投影されている。太陽が顔を出そうとしているのだ。
世界の命運を分ける戦いと男は言っていた。人類のために必要な戦いであると。人類の発展のための戦いだと。だから男はこの異世界に来るために、己の命をなげうち転移したのだと。
ボロボロのジャージを纏い、今まさに自堕落な生活をしている最中に異世界に飛ばされたかのような服装で、それでも膝を突くことなく、俺の前に立ちふさがっている。
俺は身体中に発生させている魔力を抑え込む。もう決着はついた。だけど、こんな決着って......。
「思っていたよ、俺はずっとこの世界が、二次創作でよく見る異世界だって思ってた」
苦虫を噛み締める。この世界はアニメによくある異世界なんかじゃない。この「異世界」は生物の弱さの掃き溜め。俺達が生きていた、あの世界で生きることができなかった、生物達の世界だった。
そして、俺もその一人。今なら分かる。全ての真実を「ありのまま」に見ることができる、今の俺なら。
「分かるだろ?人類のために、新たなるエネルギー獲得のために、僕は...役目を果たさなくっちゃいけないのさ、そして世界の英雄になるんだ!そうすれば!皆は認めてくれるんだ!」
ゆらゆらと体を揺らし、残りかすの体力を振り絞って男はまだ立ち上がろうとしている。枯れそうな叫び声は、一体何処から発せられているのだろう。そして誰に向けて吐き捨てているのだろう。
誰がその願いを拾ってくれるというのだろう。
「やめるんだ!その感情はお前を差し向けた『あの世界』の奴等が、そう考えるように仕向けただけなんだ!いい加減気づけよ!お前が英雄って崇められることなんてない!」
俺は声を荒げていた。分かる。分かるんだ。皆に認めてもらえなくて、皆は自分を敵だと思っていて、だけどそんな皆に認められたい。求められたい。そんな矛盾を、この世界の生物は抱いている。だからこそ、あの世界から弾き出された。劣等種として。
男は拳を強く握る。歯を食い縛り、俺を睨み付けて、笑っていた。
「サツキ、僕はまだ戦える。ただ単に力をぶつけるだけじゃないんだぜ!」
そういうと、男は自身の体に周囲のクリエイトエナジーを集約させる。光が、荒野に散らばっているクリエイトエナジーが、砂ぼこりを巻き上げて男に集まっていく。
この感じ、ヤバイ!まさか自分の存在そのものを依り代にして世界を繋げる気か!?
世界が繋がれば、この世界のクリエイトエナジーがあの世界に、
『奴等』に、奪われることになる。
クリエイトエナジーとは、この異世界に無限に漂う、想像することで何にでも還元することができる夢のエネルギーだ。水が欲しければ水に、石油が欲しければ石油に、食べ物が欲しければ食べ物にもなる。何にでもなれるエネルギー。
異世界に転移した俺は、幾度となくその力に助けられてきた。だが、その力が今、『奴等』に奪われるかもしれない。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
男は両手を大きく広げ、力強く叫んだ。命を燃やしたような激しい叫びを。
「くっ、何て密度のクリエイトエナジーなんだ...!!」
砂ぼこりが濃霧のように立ち込め、台風の如く風の壁を作っていた。まるで近づく事ができない。
「勝負には確かに負けた。完敗だ。本当に僕は負けてばかりの人生だよ。だけど僕は自分の目的を果たす。負けたって良い、役目を果たすことができるなら。それが僕という、人間の意義だ」
遠くからでも分かる、思いが俺に差し向けられるから、風の壁を貫いて、悲しいほどに伝わった。
男の体が白い光に包まれ、やがて光と共に霧散する。そして、目の前にラッパをひっくり返したような縦長のゲートが作られた。
その吸引力によって、周囲に漂うクリエイトエナジーごと体が吸い込まれていくのを感じた。
「くっ!」
その刹那、ゲートの先に見えた。分かってはいても、その存在に絶句する。
そのゲートの先にあるのは、俺達が生きることができなかった、懐かしくも忌々しい、青く綺麗な、奴等の世界だった。
───────────────────
──ゾワッ!!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は飛び起きる。体中から嫌な汗が流れ、不快感がより一層感じられた。制服のブレザーの中のカッターシャツがジメジメしていてとても気持ち悪い。その汗のせいなのか、寒気が背筋を震わせた。
嫌な夢を見た。嫌な未来を見た。
何だよ、この「嫌な予感」は。何だよ、この恐ろしい未来は。分からない。何が起ころうとしているんだ。こんなのはじめてだ。死ぬよりも恐ろしい。世界が終わるほどの衝撃だった。まさか、こんな未来がくるっていうのか。
「良かった、やっと誰かを呼び出せた」
声の主に振り向く。そこには白いワンピースの裾をぎゅっとしている女の子の姿が見えた。腰まで伸びた黒髪はまるでシャンプーのCMから飛び出してきたかのような質感。そんな少女は、今にも泣きだしそうな目でこちらを見ている。
「ねぇねぇ」
いやおかしい。何がおかしいかと言うと、視界がほとんど真っ暗な中、頭上には輝く白い光が降り注いでいる。そんな環境で、目の前の少女だけがはっきりと視認できることが、とてもおかしい。
何だこの世界は、これが天国?ということはこの子、天使か?
……悪いが、今は見ず知らずの女の子の悩みに意識を割くわけにはいかない。何せあんな嫌なことがこれから起こるってのに、小さい女の子一人のことなんて気にかけていられない。
「ね、ねぇ?何か反応して?ね?」
少女は更に話しかける。目元が近づくと、ほんのり赤いのが伺えた。......いや、俺はここに来たばかりなのだ。だから『俺の不幸』が少女を巻き込んだわけではない。俺の不幸に、この少女に危害を与えるかもしれないという嫌な予感が見えたのならまだわかるが、明らかに別件でお悩みの様子だ。
故に、少女が抱えているであろう問題は俺の不幸のせいではないわけで、わざわざ背負ってあげる理由なんてない。
そんな言い訳を頭の中で並べていると、ひらひらとした黒髪ロングをたなびかせて、少女が駆け寄ってきた。
「なんで何も言わないの!話くらい聞いてよ!」
「だー!もーうるさいな!分かったよ!何だよ聞いたげるよ!つーか誰!?」
両手足を広げて、俺は地べたで手足をバタバタさせた。体を起こすと、びくっと驚いた反応をされる。
「......ご、ごめん。私はイヴっていうの。貴方さっき何で騒いでたの?悪い夢でも見た?」
「確かに、悪い夢だった。だけど大丈夫だよ、ありがとう」
イヴは俺の普通でない様子を心配してくれたようだ。焦っている人に、更に心に余裕がない人間を前にすると「あ、あれよりはましかも」と思わせることで冷静にさせる作戦が成功したぜ。
...まぁそんな作戦ないけどな。普通に狼狽してました。確かに高校生クラスの大きさの男が急に騒いだら怖い。俺が暴れた瞬間に3、4歩後ずさりされたし。
「大丈夫ならいいの、君には頼みたいことがあったから」
「頼みたい、こと?」
「うん、」
イヴはおほんと咳払いすると、意を決して俺に向き直った。
「今、異世界の人々の心が
今こいつ、『異世界』って言ったか?異世界ってあれか?「俺強ええ」とか「追放されて」とか、そういった異世界か?
……確かに俺はその手の作品を多少なりとも嗜む方である。だから、今実は夢を見ていて、夢にそのシチュエーションが出ているとか?直近の記憶が寝る前ならまだ分かるが、いつも通り登校中だったような。それから何故こんな場所にいるのか想像もつかない。
実は登校している時点で夢を見ていて、今は別の夢を見ているとか。夢というのは、テレビのチャンネルかよって感じで切り替わるのかもしれない。だが、
「夢ならもう少し大人な女性が良いんだけどな、俺の深層心理はロリを求めていたとでも言うのか?」
「夢ちゃうわ!人の話聞いてたの!?」
おっと、モノローグがいつの間にか口から洩れていたらしい。とりあえず返答しておく。
「えぇ、だってなんか大変そうじゃん、よくわからないけど」
「それ聞いてない反応だ!」
またイヴは目に涙を浮かべた。こんなに泣かれると、俺が悪いように思えてしまう。それに本人曰く、夢ではないらしいし。
だが、この件に関して、俺に義務はない。何故ならばイヴの抱く問題はイヴの不幸であって、俺の不幸ではないからだ。
重ねて言い訳するが、俺の不幸のせいでイヴがそういう問題を抱えてしまったなら話は別だが、明らかに俺の責任ではない。さっき来たばっかりだし。だから彼女の話を聞く必要はない。
「そんな......やっと誰か来てくれたのに......」
イヴは地面に両手を付く。世界の終わりとでも言いたげな絶望を抱いているようだ。
やっぱり悪いよなぁ、うん。励ましの言葉くらいはかけてやろう。
「そんなに落ち込むなよ、俺以外にも人が来るだろうし、それを待てばいい、別に俺でなくても、君みたいな小さな女の子のお願いなら有無を言わさずに聞いてくれるもの好きが必ず現れるから」
日本はそういう感じな気がする。こういう小さい女の子が大好きな人種が、きっと助けに来てくれるから。本当にいそうだから怖い。ちなみに俺は違う。勘違いされるのは良くないから二度言おう。俺は決してロリコンではない。
「...何年後よ」
イヴが呟き、急に立ち上がって俺の制服の胸倉を掴んだ。
「その人が来るのは何百年後よ!あなたがここに来るずいぶん前から汚染は始まってるの。最後に人が来たのはもう数百年も前よ!次の人を待っていたら...時間が...ないの!」
イヴは天の光を見ながら、頬に涙を流していた。両手の力が徐々に抜けて、ぶらんと垂れる。悔しさで、力強く空を歯を噛み締めていた。
ふと、イヴの台詞のなかで、気になる言葉があった。
「時間がない?一体どういうことだ?」
説明のためなのか、イヴは光り輝く天に向かって指をさした。
「あそこに、私の愛する人がいるの。名前はアダム。アダムは異世界の人々から心を貰って成長するの。でも、最近その異世界の人々の心が荒んでしまってて」
「そのアダムって奴のためってわけか」
「この場所も昔はこんなじゃなかった。今でこそ
「────────えっ」
先ほどまで、真っ暗な部屋に光が差し込んでいると思っていたが、実は闇が光を呑み込もうとしていたってことか。思わず改めて周囲を見渡す。なるほど、そう見れなくもない。
「だけど私はアダムを見ておかないといけないから、ここを動けないの。君にしか、頼めないの」
目の周囲は、まだ腫れぼったい。きっといつも彼女は泣いていたのだ。やるせない気持ちが溢れて止まらなかったのだろう。そんな時に、俺がここに来た。
それを感じて、考える。
......俺は、自分の不幸を「嫌な予感」そして予知する特技を持っている。もしもさっき見た夢が、俺の「嫌な予感」だとしよう。ならば近い将来に、俺にとって良くない出来事が起きる。しかも規模的には個人の生き死にといったスケールを軽く越えている。そして夢の雰囲気からして、バッドエンドだった。
ならば今からその対策を打たねばならない。不幸を見て、その不幸を甘んじて受け入れるのか、はたまた抗い、不幸を退けるのか。今まで通りだ。退けるに決まっている。
そして異世界の人間の
「......分かった」
「え?」
イヴは目をパチクリとさせていた。目がシボシボしているのか、腕で目を拭ってまたこちらに向き直る。
「だから、その、引き受けるって言っているんだ。お前の不幸を」
人の頼みを引き受けるなんて崇高なことはしたことがなかったので、俺は自身がとても偉そうに見えた。
だが、そんな俺の手をイヴは優しく持ち上げた。
「ありがとう」
温かい。まるで心の芯まで温めてくれるようだった。彼女の笑顔は、俺の欠けていた何かを埋めてくれたような気がした。
「......っで、どうなんだよ、具体的に何すればいいわけ?」
温められすぎて顔が熱い。急いで本題に入る。
「異世界には、『心理塔』っていうとても大きな塔があるの。それがアダムに人の心の力を供給している。それが黒く染まっているところを目指してほしいの。白色だったら、それは周囲の人間の心が綺麗だって証拠だから」
この空間のようにってことか。
そういえば、ここは異世界だ。ならば例のアレはないのだろうか。
「異世界に行くならさ、その、何か神様のギフト的なのないの?」
「え、何それ?」
きょとんと首を傾げられた。この様子だと望めないらしい。
だが、希望はなくはなかったようだ。
「あ、でもそうね、せっかく私の頼みを聞いてくれるんだし、ご褒美は必要よね」
せめて報酬って言ってほしい。少女に付き従う構図が出来上がってしまうじゃないか。
「貴方の願いを、何でもいいから一つ叶えてあげる」
何でもね、これまた使い古された褒美だこと。フリーザ様を殺せない程度の範囲だろ?望み薄に聞いてみる。
「その何でもってのは、永遠の命とか、ギャルのパンティーとかでもアリなのか?」
「願いの落差が甚だしすぎるでしょ、何でギャルのパン─って!わ、私でそういうのはダメよ!私はアダム一筋なんだからね!」
イヴは穢らわしいモノを見る視線をしたあと、貧相な体を両手で隠した。さいですか。
「なら、俺の不幸を消すってのはできるのか?」
「それならできるけど」
「ま、できないよn────────ってできんの!?」
即答だった。俺が今までの人生で苦しめられてきた「不幸」を、彼女はさらっと消すことが可能だと言ったのだ。いや、その場限りの嘘かもしれない。だけど、彼女が今更そんな嘘をつくものか?それに、あの「ありがとう」の主を疑うことは、どうしてもできなかった。
「それに────だし」
「え?何だって?」
「あ、いや何でもないの」
さっき何かを言いかけた気がしたのだが、何でもないのなら、何でもないのだろう。
「よし、そろそろ行ってくるか。ここから異世界ってどうやって行くんだ?」
「今扉出すから、ちょっと待っててね」
この人生で二度と口にも耳にもしなさそうな言葉を言うと、イヴは深呼吸をして意識を集中させる。すると、風を感じた。まるでイヴに何かが集まっているような。
イヴは両手を前に出す。すると、扉が彼女の前に向き合うように出現した。
「この扉に触れた瞬間に行けるわ。でもその時意識途切れちゃうから、気を付けてね」
おお、マジで扉出したよ。異世界という世界観はどうやら本当の本当のようだ。この分だと、俺の不幸を消すという願いにも信憑性が出てくる。
「......これって上空とかに飛ばされたりしない?」
「大丈夫、ちゃんと地上に出るようにしてあるから」
一抹の不安も解消できたところで、俺は扉の前に立つ。何の装飾もなく、ただ真っ白な両開きの扉は、周囲の闇のせいか、一層白く輝いている。
扉に手をかける瞬間、イヴが顔に影を作って言った。
「私の勝手な頼みで、君に危険なことを押し付けて、本当にごめん」
振り向き、そんな彼女の頭をポンとなでる。小さな存在に、思わず顔が綻んでしまった。
「そう思う暇があるなら、願い叶える準備でもしてろ」
その手を離し、扉に触れる。だが感覚はなく、そのまま扉に吸い込まれるように全身が呑み込まれていった。視界が真っ白に染まった後、俺は意識を失った。
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