道は思わぬ方に逸れていく
秋嶋七月
ギルド長はかく語りき
「本屋になりたかっただけなんです…」
組織の長は少し遠い目をして語り出した。
幼少期から本屋が大好きだった。
本自体ももちろん好きだったが、それ以上に本屋という空間に魅了されていた。
毎日のように届く新刊や雑誌、カラフルに彩られた心躍るタイトルが並ぶ本棚、店員や出版社の工夫をこらしたポップ。
玉石混合の本の中から本を手に取り、確かめ買っていく人々。
くだらないゴシップから高度な学術書、名作と呼ばれる古典からデビューしたての新人の漫画までが一箇所に集まる本屋は、彼に取ってアミューズメントパークのように感じられていた。
現に子供の頃は毎日本屋で数時間、休日などは本屋を梯子して1日を過ごすこともあったという。
「小さな本屋も大きなチェーン店もそれぞれに楽しかった」
同じく本が並んでいる空間でも、図書館と本屋では空気が違う。
図書館は静謐な空気に包まれ、さながら本たちの終着地点、知識の眠る聖域。
比べて本屋は今から世に飛び立とうとする出発地点、活力ある第一の舞台なのだと。
「だけどいつしか街から本屋は失われていきました。人々の活字離れ、電子書籍の登場、万引きの横行による利益減……」
気づけば本の売り場が半減し、文房具や生活用品が半数を占めるようになった書店も少なくはない。
「私もしがない会社員で、いつか退職したら小さな本屋を、というのは資金的にも苦しそうで」
そう鬱々としていた時、世界でVRMMOが発表された。
それまでのゴーグルや手袋を着けて、視覚や擬似触覚で楽しむものから飛躍的に技術革新した、没入型VRゲーム。
自分がその世界に存在できると感じられる第二の世界、新たな人生。
さらには同時に多人数がその世界で活動できるMMO。
最初は話題性と家族につられて始めたが徐々にのめり込んでいったという。
「何よりハウジングが楽しくて……そしてプレイヤーズショップを作れるとなった時に気がついたんです。本屋になれるって」
現実では少なくなっていた理想の本屋を再現できると、それはもう張り切って承認スキルをあげ、アイテムを集め、ゲーム通過を貯めて、小さな本屋を開店した。
とはいえ最初に並べることができたのはゲーム内で売られているスキルブックというアイテムだけだった。
文字通り、ゲームで使うことのできるスキルを習得できるアイテムで、中身はない。
そうただ本の形をしているアイテムであって、それは本ではなかった。
スキルブック以外のゲーム内で扱われる本は、イベントに必要な情報を得るためだけのアイテムしかない。
「それが悔しくて、せめてもと思ってオブジェクトの本棚に並べる本に、オリジナルのタイトルをつけるようになったんです」
ふと思いついた駄洒落のようなもの、いかにもありそうな純文学っぽい題名、自分が読んでみたいと思うタイトル……。
「そしたらある日、本棚の前で『これを読ませて〜〜!』って叫んでいるプレイヤーさんがいたんですよ」
ただスキルブックというアイテムを買い、去っていく人の中でオブジェクトに過ぎない本に注目し、それを読みたいと思っている人がいた。
ここを『本屋』だと認識してくれている人がいたんだと思った瞬間、歓喜した。
「それで彼女が注目していたタイトルを確認して、当然、タイトルだけで中身のなかったものだったのですが、一晩で中身を書き上げました」
きっとあの時、何かが乗り移っていたと思う、としみじみとした言葉が漏れた。
「それから、電子書籍の体裁を整えて、本を購入したらそれがVR内で読めるようにして……あの時は運営さんにも問い合わせや要望でお世話をかけました」
比較的システムとしては応用の効くものだったようで、早々に実装されたそのシステムを使って、あの時のプレイヤーに本を渡せた時はうれしかった。
だけど、感謝とともに告げられた言葉にフリーズすることになる。
「こっちの本も読みたいんですけど、いつ買えるようになりますか?」
彼女が読みたいと思っていた本は一冊ではなかった。
それはそうだろう。
ここに並べたタイトルは自分も読みたいと思うような言葉を並べている。
オブジェクトだと思っていたら読めた、なら他も読みたい。当然の要求だ。
「だけどその時本屋に並べていたオブジェクトは百を超えてて」
自分1人でこの中身を充実させることはできない。
職業作家でもないし、だとしても苦しいだろう。
だけど、自分は本屋なのだ。
VRゲームの中だとはいえ、憧れの本屋になったのだ。
ならば、お客さんの元に本を届けねばなるまい!
その一心で自分でできそうなところは執筆もしつつ、作家を探し始めた。
個人規模であったがタイトルから小説を書いてくれる人をSNSやVRゲーム掲示板で公募したのだ。
それらへの反響は驚くほどあった。
ゲーム内で貯めていたアイテムを報酬としたことも効果があった、ように思える。
何せ、ゲーム内のNPC、つまりはAIからも応募があったのだ。
当時のAIは与えられた指令に従って情報を集め分析し、それらに沿って行動することがせいぜいで、自主的な行動を取ることはほぼなかった。
なのでこのVRゲーム内でも案内人やイベントの進行を務めるものが大半で、プレイヤー個人のイベントに関わってくるのは予想外だった。
驚き運営に問題がないかと問い合わせをしたが、ゲーム上ではなんら問題ないとされ、AIの書いたオリジナル小説も商品化されることとなった。
後になぜAIがそのような行動をとったのかを分析したところ、「このキャラクターなら応募しない方が不自然だと思った」というもので、これを参考にしていくことでAI搭載NPCはより人間らしくなっていく。
そうして本屋の内容が充実していけば、読書好きの中で本屋の話題は浸透し、VR
ゲーム内の他の街や国にも本屋が欲しいという話になった。
さらにはこの本屋発の小説がとても面白いと話題になり、VRゲーム外でも読みたいという要望が出て書籍化されることになったり、ひっそり別ペンネームでプロ作家が書いていたことが発覚したり。
ネット小説サイトとコラボや提携などの話も広がり、子供のころに夢見た小さな個人書店は、VRゲームの世界的な本屋となっていた。
「嬉しいんです。嬉しいんですけど、規模が大きくなりすぎて」
個人ではじめたVRゲーム本屋さんと顧客と作った読書クラブ的なクランは出版社兼、情報操作に長けた何かフィクサー的な存在に見られている。
少し前、フレーバー的な存在だった新聞社も実際に新聞を発行できるようになってしまって、NPCの会社まで乗っ取ったとして噂を助長することになった。
NPCから合併して欲しいと望まれたんだけど、そんな言い訳聞いてくれる人もいない。
スキルブックしか置かれていなかった本屋に、中身の読める本がたくさん並び、だけど何故か裏に機密文書とか書かれたものまで売られてる。
規模にびびって引退したいと思うものの、何故か組織の顔として名前も売れて、ついでに出版の仲介などで現実でも仕事に関わっていたりして、辞めるにやめられない。
「……本屋さんに戻りたい……」
悄然としつつも手を止めず書類を捌いていくギルド長、通称店長さんに新人ギルド員は「お疲れ様です」以外、かける言葉を見つけられなかった。
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