第59話 勇者は偽装デートする

 横瀬よこぜとの偽装デートの日が来た。

 もう欠片も彼女のことは思わない。

 気持ちは一緒にパーティに出るだけだ。


 会場のライブハウスは熱気であふれているのが外からでも分かった。

 入る時横瀬よこぜが手を差し出してくる。

 なんのつもりだ。

 俺の冷たい視線を見ると横瀬よこぜは渋々手を引っ込めた。


 二人並んでライブハウスに入る。

 中はロックではなくブルースが掛かっていた。

 何組かはチークダンスを踊っている。


 俺はそんなことはしない。


「あら、横瀬よこぜさん。彼氏は機嫌が悪いようだけど、喧嘩でもしたの」

「宗教上の不一致という感じだから気にしないで」

「そう」


 そして、とつぜん証明が落ちた。


「おい、こんなイベントあったか」

「ないはずよ」


 火災報知器が鳴り始めた。

 ライブハウスの中はパニック。


「くくくっ。うひやひゃひゃ。あいつらの顔と言ったら」


 豹変した横瀬よこぜの声。

 俺は事態を悟った。

 こいつが黒幕か。


 だが、暗闇対策もばっちりだ。

 吸血鬼は暗闇を好むからな。

 背負い鞄からヘッドライトを取り出して装着。

 赤い光る眼の乱杭歯が伸びている奴がいたので、銀の消臭スプレーを噴射した。


「うぎゃゃ」


 よく見たらこいつ虐めっ子グループの大麻生おおあそうじゃないか。

 文化部なので日の当たらない場所に何時もいるので青い顔をしてたが、その顔が更に青くなっている。


「ちょっとなんの声。出口はどこよ」

「緑の表示が出口だ」


 俺は教えてやった。


「ちょっと押さないで」

「死にたくない」


「いじめられっ子は大人しくやられておけばいいのに」


 と大麻生おおあそう


「お前達に俺が従わなきゃならない理由なんてない。聖水でも食らえ」


 俺は大麻生おおあそうに聖水を掛けた。


「がぁぁ。くそう波久礼はぐれの癖に……」


 大麻生おおあそうからは白い煙が上がって、灰になった。

 あと7人いるのだろうな。

 赤い光る眼をした奴が襲い掛かってきた。


 銀の消臭スプレーを噴射。

 スプレーを避けやがった。


「俺は大麻生おおあそうのようにはいかないぞ」


 丸刈りの頭から見るに荒木あらきのようだ。

 人差し指の爪を50センチほど伸ばして剣のようにしている。


「ほらよ」


 俺はニンニクを投げた。


 荒木あらきはニンニクを斬り捨てたが、その匂いに顔をしかめた。

 隙あり、銀の消臭スプレーを噴射。

 今度はスプレーが当たった。


 片手で顔を掻きむしる荒木あらき

 顔を掻きむしりながら、空いている片手の爪を振り回すのも忘れない。


「なんでなんだ。俺達の方が強いはずだ」


 人外になるってことは弱点も出来るってことだ。

 世の中、メリットとデメリットがあることの方が多い。

 そんなもんなんだよ。


 聖水を食らっとけ。

 聖水で灰になる荒木あらき


「なにもたもたしてるの。ふびと様を正気に戻すのよ」


 横瀬よこぜの声。

 横瀬よこぜの姿は見えない。


「取り囲め」


 ボス格の親鼻おやはなが指示した。


 親鼻おやはなを筆頭に、樋口ひぐち寄居よりい祖塩そしお浦山口うらやまぐち行田ぎょうだの6人の吸血鬼が俺を取り囲む。


「揃いもそろって不細工な面になりやがって、不細工な面は昔からか」

「余裕ぶっていられるのも今のうちだ」


 そう親鼻おやはなが言った。


「顔さえ傷つけなければ、多少の怪我は許すわ。さっさとやりなさい」


 と横瀬よこぜの声。


 浦山口うらやまぐち行田ぎょうだが掛かって来た。

 俺はニンニクで作った首飾りを二人に掛けてやった。

 達人の足さばきがあればこれぐらいは余裕だ。


 浦山口うらやまぐち行田ぎょうだが身もだえる。

 ニンニクには触れないみたいだ。

 聖水を食らえ。


 聖水を掛けたことによって、浦山口うらやまぐち行田ぎょうだから白煙が上がる。


「死にたくない」

「お母さん」

「吸血鬼になった時点で死んでいるだろ。もう灰になれよ」


「がぁぁ、お前さえいなければ」

「くぅぅ、憎い憎い」


 浦山口うらやまぐち行田ぎょうだの二人は灰になった。

 あとの4人は聖水を恐れて俺に近寄れない。

 吸血鬼になっても弱い者しか襲えないのだな。


「何やっているの。灰になっても処女の血を掛ければ復活するわ。心置きなく突撃しなさい」


 横瀬よこぜの声。

 4人がじりじりと近寄って来る。

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