第19話 陰陽師は辻に立つ

「ただいま」


 土日はモデル活動で忙しかった。

 今日は月曜日だが、週初めという気がしない。

 精神的に疲労困憊して、授業が終わり帰宅した。


「荷物届いてるわよ」


 大半はパワーストーンが入っている箱だったが、大きい荷物を開けるとコスプレ化された平安貴族の衣装だった。

 陰陽師の衣装として使うつもりだ。

 さっそく身につけてみる。


 動き易くて案外軽い。

 気分がかなり上向いた。

 これで陰陽師が本格始動する。


 チャンネル登録者数は362人。

 目標の3分の1を超えた。


 各動画の再生回数もじわじわ伸びている。


「ただいま」


 父さんが帰ってきた。

 就業時間からするとまだ、かなり早い時間だ。


「あなたどうしたの。会社は?」

「早退した」

「何があったの」


 話し声が聞こえたので、リビングに行くと父さんが俺の方を向いた。


「史郎に謝らないといけない。あの石は凄いな。車が暴走して歩道に突っ込んできたんだが、車が不自然に動いて、俺を避けた。石を確認したら、粉々になってたんだ。父さん、史郎を疑ってた。すまん。水の分析結果も、簡易的な検査では、ただの水だそうだ」

「良いんだよ。俺もそんな話をしたら疑う」


 天眼石の効き目は確かだ。

 俺のもいくつか割れていた。

 どんな災難かは分からないが、たぶん災難を幾つか潰したのだろう。


「その恰好どうしたんだ」

「これから陰陽師活動をするんだ」

「そうか気をつけてな」


「父さんも、これ新しい石。予備に5個渡しておくよ」

「すまんな」


 さあ、これから陰陽師だ。

 カメラマンの人と街で合流する。

 もちろん陰陽師の衣装を着た真中ふびとになってだ。


 手には無料でよろずお悩み受け付けますとのプラカード。


 カメラがあるせいか人が寄って来ない。

 街中のインタビューの番組とかは大変なんだな。


「何あれ。テレビ?」


 どうしたものかな。

 そう思っていたら、元カノの横瀬よこぜを含んだ集団がやってくるのが見えた。


 この世界の俺は横瀬よこぜを一生懸命守った。

 その事実は、この世界が俺が帰還したと同時に、作られたものとしても存在する。

 彼女への貸しはあったとしても借りはない。

 もう赤の他人だ。


「色々な相談をしてるんですか?」


 横瀬よこぜの一団のリーダーらしき女性が尋ねた。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前、陰陽師だからね」


 そう言ってから九字を切った。


「うそっ、恰好良い。もう一回やって」

「いいよ。その代わり無料で相談を受けて行ってくれないかな」

「やります」


「じゃあ、いくよ。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」


 スマホで撮影された。

 俺の姿が拡散すると良いと思う。

 陰陽師だと認めて貰えれば陰陽師の技が使える。

 例えば名前を呼んだだけで金縛りにするとか、怪異を式神にしたりとかだ。


 その境界がどの辺りにあるかは分からないが、俺を陰陽師だと思っている人が多ければ多い程良いと思う。


「私、恋愛運アップが良い」

「私も」

「私も」


 横瀬と一緒に来た集団がそう言って騒いだ。


「じゃあ、お守りの石をあげる」

「ただで貰っていいの?」

「もちろん」


 そう言って俺はガーネットの欠片を配った。

 千円で50個ほどの安い奴だ。

 もちろん前もってスキルは掛けてある。


「術を掛けるよ。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前、恋愛運上昇」

「ありがとう。私達、ふびと様のファンなんです。サインしてもらえますか」


 色紙を出されたので、急急如律令と五芒星を書いた。

 念のため狐窓をする。

 一人、とり憑かれている子がいた。


「カタログスペック100%。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前・滅」


 憑かれていた女の子が光に包まれる。


「何これ、光の出る塗料?」

「術を掛けたんだ。良くないものがとり憑いてたからね」


「ありがとうございます」

「念のためこれも渡しておくよ」


 清めの塩を渡した。


「あの、波久礼はぐれという名前を知りませんか」


 横瀬よこぜがそう言ってきた。

 正体がばれたのか。

 かなりぎくりとした。


「知らないな」


 冷静を装ったつもりだけど上手くいったか自信がない。


「そうですか。変なことを聞いてすみません。あなたとは似てないのですが、少し重なるところがあって」

「じゃあ、その人はきっと素晴らしい人なんだろうね」

「いえ月とすっぽんです」

「彼のことを知らないだけじゃないかな」

「いいえ」

「そう、もうそれならいい」


 怒気が少し漏れたのかも知れない。

 横瀬よこぜはしょんぼりして去って行った。


 よりを戻すつもりなどこれっぽちもない。

 でもこの世界の俺がどれだけ頑張ったのかは知って欲しい。

 あの女にはその義務があるような気がする。


 家に帰ると驚愕の事態が待ち受けていた。

 ネクターポーションの一つが警察庁に落札されていたのだ。

 ついに来たか。

 商品の説明には富士の天然水とだけしか書いてない。

 法に触れることはないはずだ。


 でもなんで押収しなかったのかな。

 証拠がなかったのでできなかった。

 それならそれで良い。

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