私の将来の相手は本屋の店員ではない

魔桜

私こと金沢と遠野先輩による物語

 本屋でのアルバイトを始めてから早くも三か月が経った。

 仕事を覚え、店長がいなくてもお店を任せられるようになった。

 だけど、


「ああああ」


 一緒のシフトに入っているのが、遠野先輩だと心配だ。


 本の山を崩していて、情けない声を上げている。

 相変わらず頼りにならない。


「……何やってるんですか。社会人なんですからもっとしっかりしてください」

「ご、ごめん。金沢さん」


 遠野先輩は20歳。

 花の高校生である私とは5歳差だ。


 彼はここでフリーターとして働いている先輩だ。


 眼鏡をかけていて、黒髪で長身痩躯。

 本が好きなどこにでもいる普通の人だ。


「金沢さんは高校生なのにしっかりしているね」

「当たり前です! 私はしっかりバイトしてお金稼いで、いい大学へ行って、いい仕事に就いて、そして、お金持ちと結婚するんです!」

「うーん。しっかりしてるなー」


 遠野先輩は首をポリポリと掻く。


「遠野先輩は将来どうしたいんですか?」

「え? 僕? 僕は本屋の店長になりたいんだ」

「随分、目標小さいですね。もっとIT企業の社長とかを目指さないんですか?」

「あはは。そんな大層な仕事は僕には無理だよ」


 遠野先輩はそう言うと眼を眇める。


「でも、僕は本が好きだから。昔から本に携わる仕事に就きたいとは思ってたんだ」


 どこか遠くを見るように将来を語る遠野先輩は、いつもよりも少しだけかっこよく見えた。


「……先輩の奥さんになる人は苦労しそうですね。私は先輩みたいな苦労しそうな人とは絶対結婚しません!」

「そ、そっか。手厳しいなあー。金沢さんは。僕は金沢さんみたいにしっかりした人が奥さんになってくれたら嬉しいけどなー」

「えっ?」

「あっ」


 遠野先輩が変なこと言うもんだから、本を直す際に、二人の手と手が重なった。

 まるで少女漫画のワンシーンみたいで、思いがけず顔から火が出る。


「もう! 冗談でも止めてください! 私は堅実な人生を歩むんです!」

「あはは。そうだね。僕も陰ながら応援してるよ」


 物語の主人公になろうとせずに、いつもそうやって一歩を引く先輩に苛々する。

 私が生涯の伴侶となるのだったら、きっと先輩が物語の主人公になるように支えてあげるのに。


「まっ、そんな未来は来ないかな」

「え? 何か言った?」

「……何でもないです! 先輩には関係ありませんから!」

「そ、そっか。ごめん……」

「もう! 謝らなくでください! 早く片付けますよ!」


 それから高校を卒業した私はそのままこの本屋で働くことになり、将来的に店長となるも頼りにならない遠野先輩を一生支えることになるのだが、それはまた別の話だ。



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