第81話 先へ進む

 第3階層に挑戦した翌日、改めて未確認の通路を確認することにした。

 したのだが……。


「モンスターハウスはいいんだが、出てくるのがスライムって順番的にどうなんだよ」


 そう、未確認の通路の先にはモンスターハウスがあったのだが、出てきた相手がスライムだったのだ。

 確かに第1階層のスライムよりは強かったのだが、結局はスライムということに変わりなく、対して苦戦することもなく倒すことができてしまった。

 なので、一通り確認してみた結果、第3階層は大した脅威のない階層という結論になった。


 ただ、この結論は歓迎したいような、したくないようなという微妙なものであったりする。

 脅威が少ない比較的安全な階層であるということは歓迎すべきではある。だが、美冬ちゃんの合流を待つ期間を考えると、ある程度歯ごたえのあるというか、挑みがいのある階層の方が良かったとも思えるのだ。


「……まあ、嘆いたところでどうにもならないんだが」


 結局のところ、歯ごたえのなかった第3階層が問題なのではなく、これからどうするかというのが問題なのだ。いや、その意味では第3階層でレベル上げがやりにくいというのは十分に問題な気もするが。

 そんなことを考えつつ、ダンジョンを後にした。



 その後、やはりひとまずはレベル上げだろうと、第3階層へ挑むことにした。

 だが、回数をこなしてもゾンビに対する苦手意識が改善されることはなく、むしろ嫌悪感が増して、より苦手になってしまった。

 なので、一度、第2階層、第1階層でのレベル上げに変更してみたのだが、これも長くは続かなかった。1日、2日は気分転換として良かったのだが、それ以降はちょっと……、というのが素直な気持ちだ。

 別に圧倒的な力の差があるというわけではないのだが、余裕がありすぎて戦い方が雑になりそうな気がしたのだ。ストーンゴーレムとトロールを巡回チームに任せてしまったのも問題だったのかもしれない。

 それらを譲ってもらうことも考えなくはなかったのだが、コロコロと方針を変えるのも迷惑かと思い、決断できなかった。




「で、来てしまったわけなんだが」


 目の前に第4階層へと続く階段がある。

 どうやら、俺は会社を辞めたときに我慢や忍耐というものを置いてきてしまったようだ。そもそも、ダンジョンに初挑戦したときからそうな気がするが、割と後先を考えないというか、とりあえず試してみようという感じが強い気がする。

 少なくとも真っ当に会社員をやっていた頃は、こんなチャレンジ精神などは持ち合わせていなかったはずなのだが。

 どちらかというと、難しいことや新しいことへの挑戦からは距離を置いていたはずだ。

 この変化を色々なしがらみから解放されて吹っ切れたと考えるべきか、浅慮になったと考えるべきか。


 ……まあいい。

 第4階層に挑戦するかどうかはここ数日の間に悩み抜いたのだ。その上で挑戦することを決めたのだから、この期に及んで悩む必要もないだろう。

 そもそも、挑戦を決めた以上、別に勝機がないというわけではないのだ。むしろ問題ない可能性の方が高いと考えたからこその挑戦だ。

 怖いことがあるとすれば、想定以上に迷宮エリアが広い場合だが、それについても普段は持ち込まない保存食に加え、迷宮産のマジックボトルまで用意している。

 後は冷静に普段通りに行動すればいいはず。そうすれば迷宮エリアといえど、所詮は1階層下っただけの階層に過ぎないはずだ。


 覚悟を決め、第4階層へ続く階段へと足を踏み出した。




 階段を下りきった場所は少し開けた場所だった。

 ここまでの階層に存在したような小部屋ほどの大きさはない。広さ的にはビルのエントランスのような感じだ。

 実際のところ、広さだけでなく用途としてもビルのエントランスのような場所なのだろう。


「これが迷宮エリアの入り口か」


 エントランス状の空間の先に見える扉を見てつぶやく。

 これまで見てきた各階層の部屋につながる扉よりも一回り小さな扉。ご丁寧に扉の表面には迷宮エリアを表すように迷路のような紋様が刻まれている。

 インターネット上の情報によると、この扉の大きさと迷宮エリアのサイズは対応しているらしい。

 目の前の扉のように各部屋の扉よりも一回り小さい扉は小規模なエリア、各部屋の扉と同じサイズは中規模、各部屋の扉よりも大きい場合は大規模とされている。

 まあ、小規模といっても迷宮エリアの場合は各階層にある大部屋よりもかなり広いらしいのだが。


「ふぅ」


 しばらく扉を観察していたが、一つ息を吐いて気持ちを切り替える。

 階段を降りる前に気合を入れたはずなのに、思ったよりもビビっているのかもしれない。

 だが、いつまでも扉の前でためらっていても仕方ない。

 軽く装備を見直して扉へと足を進める。

 扉に手をつき、ゆっくりと力を込めて扉を開いた。



 いつもより気持ち軽い気がする扉を開くと、すぐ目の前に壁があった。どうやら扉は、左右に伸びる通路の中ほどにつながっていたらしい。

 想像よりも狭い通路に驚きつつ、素早く左右を確認する。


「近くにモンスターはいない、と」


 そのことに安心し、ゆっくりと迷宮エリア内へと足を踏みいれる。

 改めて通路の先まで見通して確認するが、やはりモンスターの姿は見当たらない。


「このダンジョンの迷宮エリアは綺麗に整備されているタイプか」


 少なくともすぐに危険になることはないと判断して、通路の確認に移る。

 ここまでの通路のような岩肌むき出しの通路ではなく、床は石畳、壁もレンガを規則正しく並べたような人工的な通路になっていた。


 実際に素手で壁に触れてみるが、ひんやりとした感触のつるりとした肌触りが返ってくる。

 継ぎ目部分に細かい凹凸はあるが、岩肌むき出しの壁のように簡単に足をかけることはできないだろう。

 後で、“壁走り”スキルの使用感にどの程度変化が出るのかを確認しておいた方が良い気がする。スキルの力を信じれば問題なく壁を駆けることができると思うが、もしかしたら継続時間や移動できる距離に差が出るかもしれない。


 そのままの流れで床にも手を触れて確認してみる。

 こちらも触れてみた感触は壁と同じようにつるりとした綺麗な表面になっていた。

 正方形のタイルが規則正しく並べられているが、壁の方とは違って継ぎ目部分にすら凹凸を感じることがほとんどない。どうやら、継ぎ目に躓いてスキをさらすなどという間抜けなことにはならなそうだ。


「にしても、本当に狭い通路だな」


 床から手を離して立ち上がるが、やはり通路の幅が狭い。

 さすがに両手を広げられないというほど狭くはないが、横に2人並んでギリギリ戦えるかどうかというくらいだ。

 ソロである今回は問題ないが、美冬ちゃんとパーティーを組んでからは注意が必要な気がする。

 まあ、それも先の話だ。今はできる範囲のことをしてこの迷宮エリアの状況把握に努めることにしよう。

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