第68話 ダンジョンの更新と美冬の頼みごと(2)

「稽古の成果のほどはいかがですか?」


「まだ、成果を感じられるほどじゃないかな」


 道場の壁に背中を預けて座り込んでいると、頭上から美冬ちゃんに話しかけられたので、うつむいていた顔を上げて答えを返す。


 ダンジョンの“更新バージョンアップ”から数日が経ったが、相変わらず政府からは特に新しい情報は出てきていない。これは国内だけに限った話ではなく、海外でも新情報がないのは同じだ。

 そんな状況なので、俺は予定通りのんびりと身体を休めつつ、龍厳さんに稽古をつけてもらっている。

 今日は土曜日の稽古なので美冬ちゃんも一緒だ。俺よりも厳しく稽古をつけてもらっているはずなのだが、いつものことながら俺よりも余裕があるように見える。


「ふふふっ、そうですか。でも、最初のころに比べると随分と動けるようになっていると思いますよ」


「えっ、そう?」


「はい。でも、運動不足で鈍っていた身体が動くようになっただけかもしれませんね」


「……」


 笑顔でそんなことを言ってくる美冬ちゃんに言葉が出ない。


「それで、話は変わるんですけど、探索者支援の話は知っていますか?」


「探索者支援?もちろん知ってるけど、まだ調整が難航しているんじゃないの?」


「いえ、今回のダンジョンの“更新バージョンアップ”で、難航していた報奨金の支払い条件に目途がつきそうだという話が出ているらしいですよ。なんでも、到達階層とモンスターの討伐数でダンジョン攻略の貢献度を算出するらしいです」


「ああ、なるほど。それだったら、それなりの基準にはなりそうだね」


「ええ、なので封鎖解除に合わせて探索者支援についても正式に発表されるんじゃないかっていう噂です」


 そんな噂があったのか。でも言われてみれば、今回の変化は探索者支援の問題に対して有効なものだ。まるで、このために変化したのではないかと思うほどに。

 たしか、ダンジョンの“更新バージョンアップ”はダンジョン挑戦者たちの希望が反映されるという話もあったから、その影響なんだろうか。いや、さすがに日本一国の希望だけじゃダンジョンの“更新バージョンアップ”は起きないか。


「それでなんですけど……。探索者支援の条件次第ではあるんですが、私を達樹さんのパーティーに入れてくれませんか?」


「えっ!?」


 意外な言葉に逸れていた思考が引き戻され、まじまじと美冬ちゃんの顔を見つめ返してしまう。一瞬さっきみたいな冗談かと思ったが、その顔はあくまで真剣だ。


「えーっと、確かに美冬ちゃんがパーティーを組んでくれたら俺も助かるけど、厳しいんじゃない?俺は基本的に毎日ダンジョンに通ってるし」


「それなら大丈夫です。色々とあって、今の会社は辞めようと思っていますので」


「えぇ……」


 再びの衝撃発言に言葉を失う。さすがに探索者支援があるからといって、会社を辞めるのはまずいんじゃないだろうか。


「別に探索者支援を当てにして辞めるわけじゃありませんよ?会社を辞めようと思ったのは別の理由です。ただ、再就職のための就職活動を始めるまでに、リフレッシュするためにもダンジョンに挑戦してみたいと思っただけです」


 心配が顔に出ていたのかすぐさま美冬ちゃんから俺の懸念は否定された。だが、リフレッシュのためにダンジョン挑戦というのはどうなんだろう。やはり、美冬ちゃんも龍厳さんの孫だということか。


「あー、まあ、ちゃんと考えているのであれば構わない、のかな?」


 気の抜けたような声でそう返してみるが、どうなんだろうか。


「休憩は終わりじゃ。続きを始めるぞ」


 もう少し詳しく話を聞いてみたかったが、龍厳さんの言葉によりいったん打ち切りとなった。






「それで、さっきの休憩中に話したことなんですけど……」


 稽古が終わり、着替えも終わって俺が落ち着いたころに再び美冬ちゃんが声をかけてくる。


「ダンジョンでパーティーを組みたいって話だよね」


「そうです。それで、どうでしょう?私とパーティーを組んでくれますか?」


「まあ、俺としては構わないんだけど……。俺でいいの?一応、ダンジョンを攻略するつもりでやっているんだけど」


 さっき聞いたように会社を辞めるというのであれば、時間を合わせることはできそうなのでそこはいい。

 だが、ダンジョンのパーティーは同性同士で組むことが多い。別に男女混合のパーティーがないわけではないが、やはり本格的に攻略をしようとするのであれば同性同士の方が都合がいい場合が多い。ダンジョン攻略にかかる時間が長くなればなるほど色々な問題が出るものなのだから。


「ええ、大丈夫です。達樹さんのことは信用していますから。……それに、こう言っては失礼かもしれないですけど、達樹さんとパーティーを組めばプライベートダンジョンが利用できますから」


「ああ、なるほど」


「いえ、別にそれが目的ではないですよ!?達樹さんを信用しているからこそ、パーティーを組みたいと思ったわけですし。プライベートダンジョンはついでです。ついで」


「いや、大丈夫だよ。わかってるから」


 美冬ちゃんの言葉に深く納得したら、慌てたように否定される。別にプライベートダンジョン――家のダンジョン目的でも全然問題ないんだけど。パーティーを組もうというからには、まったく信用されていないとは思っていないし。


「本当ですからね。……それで、どうですか?」


「いや、さっきも言ったように、美冬ちゃんが構わないのであればいいよ。先のことを考えるとソロのままだと厳しいと思ってたし、パーティーを組んでくれるなら俺もありがたいから」


「そうですか。ありがとうございます」


 俺の答えに美冬ちゃんがほっとしたようにする。


「それで、どうするの?さっきは探索者支援の条件次第みたいに言ってたけど」


「そうですね。とりあえず、探索者支援がなくてもしばらくはダンジョンに通いたいとは思っているんですけど、条件次第でそのまましばらく続けるか、就職活動を優先するかという形だと思います」


「あー、リフレッシュしたいって言ってたしね。しばらくってどれくらい?というか、まだ会社は辞めてないんだよね?」


「ええ、まだ辞めたわけではないので、パーティーを組めるとしても1ヶ月は後になると思います。あと、とりあえずは辞めてから1ヶ月くらいはダンジョンに通おうかなと。その後は探索者支援次第ですね。達樹さんには申し訳ないですけど」


「そっか。じゃあ、ひとまずはそのつもりで考えておくよ。噂が本当なら1週間も経たないうちに探索者支援の話も出てくるだろうし、その情報を見てから改めて話し合おう」


 ひとまず1ヶ月、その後は探索者支援次第ということでその日の話は終わった。


 とにかく、会社を辞めるにもある程度の時間はかかるだろうし、それまでに俺は俺で鍛えておこうと思う。聞いた話では美冬ちゃんの方がレベルが高いのだから。

 稽古での姿を考えれば今更かもしれないが、多少は見栄を張りたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る