60億円が振り込まれた話

第4章 デート 第2節 働かない理由

4

　「無医村（むいそん）で

『ドクターコトー診療所』の

五島（ことう）先生のように働くことも

勧（すす）められたんだけど…。」

　二郎（じろう）は続けた。

　「ずっと、一人で、

各地を転々とすることになるだろ？

俺、まだ家族と同居だけど、

やっぱり一人で暮らすのは寂しいからさぁ。

無医村の話も断ったんだよね。」

　「そうなんだ。

いろいろな方面から、

誘われていたんだね。」

　沙恵（さえ）は、二郎が

優秀で信頼される医師の卵として、

大学の教授たちから

期待されていたのではないかと思った。

　しかし、いくら優秀だからといって、

気が進まないことを仕事にすることは、

やめた方が良い、ということを、

大手文具メーカーでの勤務経験から

しっかりと学んだ沙恵。

　やりたくないことは、

周囲の状況や

自分への期待がどうあれ、

やるべきではないのだ、

とあらためて思った。