ショートストーリー集 ショートケーキよりはきっと苦い

閏月

第1話 生まれ変わり

ある晴れた日の午後のことだった。

「ねえ私、生まれ変わったら木になりたい」

僕は教会の裏手で絵を描いていて。彼女は僕がキャンバスに映しだす絵の具を眺めながらそう言った。

「木?___なぜ?」

「だって、素敵でしょう?大きく育って幹をしならせ、青々とした葉をつけて、木漏れ日の音を鳴らすの。それで君が雨宿りをしたり、私の幹の傍で昼寝をしてくれたら、きっととっても嬉しい」

ざああっと風が吹いて、彼女の短い黒髪が揺れた気がした。

「____そうだね、なれたらいいね」

______本当にそうなったらいいのに。

朝、君に水をやり、もいだ君の実を食べて、君の傍で昼寝をして、夜また星を眺めながら君とともに眠りにつく。雨が降っても大丈夫だ。君の大きく繁った葉が、僕を包んでくれる。それは、確かにとても素敵なことだと思うのだ。

「ねえ、」

声を掛けても、もうそこに彼女はいなかった。まるで空気に溶け去るみたいに。

なんと言おうとしたのだっけ。隣には、白く小さな墓石がある。

そこには、彼女の名前が彫られていた。





(また、幻をみていたのか)

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