本屋と思い出

紗久間 馨

衰退していく町

 彼女は地元の本屋で雑誌を眺めている。

 かつて、この町にも多くの本屋があった。今では1軒しか残っていない。その本屋が残っている大きな理由は、地元の高校の教科書を販売しているからである。一般書籍の販売だけならば、他店と同様に消えてしまっていただろう。


 会社の長期休暇で帰省した彼女は、高校時代によく訪れた本屋に入ってそんなことを考える。


 彼女の実家は、さらに隣の小さな町にある。中学校までしかなかったので、隣町の高校に通うことになったのだ。

 そんな小さな町にも本屋はあった。本屋というよりは本も取り扱う雑貨屋という感じだった。文房具に駄菓子に玩具も売っていた。町の子どもたちはその店で遠足の菓子を買ったし、学校で使う辞書や筆記用具を揃えた。クリスマスや誕生日のプレゼントも。

 しかし、その思い出の場所は彼女が大学生の時に無くなってしまった。


 経営していた夫婦が高齢になったこと以上に、主な客層である子どもの数が減ったのが大きな原因であろう。

 彼女が小学生の時には100人を超えていた児童数は、今や20人以下である。1学年の人数ではなく、全校での人数だ。中学校ともなれば10人いるかいないかのラインにある。

 地域では今後の学校をどうしていくか話し合いがされている。そう両親から聞いた。


 子どもたちの多くは地元を離れ、戻ってくることはない。大人になって都会で暮らすのだ。彼女もそのうちの一人である。

 隣町に高校があるとはいえ、さらに大学や専門学校に進学しようとすれば都会に出るしかない。テレビで見る長距離通学ができるほど交通の便が良くない。

 中には地元に戻る者もいるが、その数は多くない。人口は減少の一途をたどっている。




「おばちゃん、今日、漫画の新刊って入った?」

「入ってるよ。これでしょ?」

「そうそう。ありがとう」

 店員に話しかける男子の声が聞こえて、彼女は目をそちらに向ける。中学生くらいだろうか。

 他にも幼い子どもと母親らしき若い女性が絵本を楽しそうに選ぶ姿がある。


 彼女は2冊の雑誌を手に取り、レジで会計を済ませる。地元で買う必要はないのだが、この店で買うことに意味があるような気になったのだ。

 ふと入った本屋で、なぜか衰退していく地元のことを考えてしまった。




 本屋を後にして、バス乗り場までの道を歩く。その景色も昔と比べると、すっかり変わってしまっていた。友人と遊んだゲームセンターも、食堂も、CDショップも、今は建物だけが残っている。

 望んで離れたはずの故郷の変わりゆく姿に、強く寂しさを覚えた。


 彼女はバス乗り場のすぐ近くにあるたい焼き屋に立ち寄った。古く小さなその店は老夫婦が経営しており、昔から地元の人々に愛されている。

『高齢のため今月末で閉店します。今までありがとうございました。』

 店のドアにそんな張り紙を見つけて、彼女はどきりとする。

 1個だけと思っていたが、両親の分も含めて6個のたい焼きを購入した。


「このたい焼き、優しい味がして大好きです。いつもありがとうございます」

 温かい紙袋を受け取って、彼女はそう言って店主に頭を下げる。

「はい、ありがとうね」と老婦人が優しい声で返事をする。


 バス乗り場のベンチに座って、温かいうちにたい焼きを頬張る。なぜか涙で視界が滲んだ。

「帰ってこようかな」

 彼女はぽつりと呟いた。

 仕事が上手くいかず、都会の生活にも疲れを感じていたところだ。ちょっと地元を散策するつもりが、感傷的になってしまった。


 本数の少なくなってしまったバスが目の前で止まる。乗客は少なくないが、その多くは高齢者だ。

 後方の座席に座った彼女は、窓の外に見える景色とバスの中に見える景色を見ながら、将来のことを考えるのだった。

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本屋と思い出 紗久間 馨 @sakuma_kaoru

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