たぶん、俺はあいつの事は好きではない

 八代はどう思ってんのかな

 と、柄にもなく他人の心配をしている。隣でガミガミうるさい門田を無視して物思いにふける。

 中学の頃、高城と八代は有名だった。どちらかと言えば八代が主で高城はその付属品と言ったところか。

 八代亜希。男装の女子。高城毅。その友人。ようするに変な二人組だった。入学して四月も終わる頃、八代は男の制服を着て登校してきた。

「やっぱりそっちの方が似合ってるよ」

 と、高城が言った。そして、高城はクラスの女子に同意を求めた。空気を読んだクラスの女子は肯定するも教師と揉めて、それでも昨今の風潮も加味して男子の制服での登校は暗黙の了解を得たようだった。

 俺はやっぱり気持ち悪いな、と思っていた。何で女子が男の制服を着ているのか。どうしてもわからなくて気持ち悪かった。そして、あの二人が醸し出す変な雰囲気は他を遠ざけていた。

 クラスで独特な位置を占めていたあの二人に対して俺は浮いていた。あの変な雰囲気に馴染めずにいた。

 それで俺はありきたりな結末を辿る。端的に言えばグレたのだ。授業はサボるしタバコもやった。酒も呑んでみた。それでも本当に悪い奴らとつるむ勇気もなく、されどクラスに馴染めるわけでもなく。何となく学校の空白になっている場所が俺の居場所になっていた。

 あれはそう2年の冬だった。吐く息は白く滲んでいた。旧校舎の空き教室。立ち入り禁止の看板を無視して入り込み、誰もいない事を確認してタバコに火を付ける。

 みみっちいな、と思っていた。それでもどうしようもない。2本目を取り出した時に足音がして肩肘に力が入る。まあ、今更か。とも思ったが割り切れない。先公か?と思っていたら高城が現れた。

「高城かよ。脅かすな」

「ごめんごめん。それで水野くんは何してんの?」

 こいつは俺の名前を知っていたのか、と場違いな感想を懐いた。いつも八代と二人の世界に引き籠もっているとばかり思っていたからだ。

「タバコ吸ってる。お前は何でここに来たんだよ」

「探検だよ」

「相方の八代はどうしたんだ?」

「あいつは、告白されてるよ」

「お前はそれでいいのかよ」

「何で??」

 と、心底不思議そうな顔をする。もともと頼りない見た目な高城が幼く見えた。

「一本吸うか?」

「別にいらないよ」

 と、答えて高城はこの教室を出ていこうとする。

「ちょっと待てよ」

 と、俺は引き止めた。

「お前はクラスの連中どう思ってんだ?」

「何とも思ってないよ。どうせ僕には興味無いでしょ。八代の事が気になるだけで」

「俺はなんか面倒くせえなって思っちまってな」

「あぁ、なんかごめん」

「謝んなよ」

 そして、大きく息を吸ってタバコの煙を肺に入れる。

「僕は水野くんはかっこいいって思っているよ。一匹狼っていうのかな。何でも一人で出来て羨ましいよ」

「仲間が出来ないだけだ」

「それでも羨ましいな。そう言えば、タバコって美味しいの?」

「不味いし苦しいかな」

「何でそれで吸ってんの?」

「吸わなくても息苦しいから」

 高城はなんか関心したような顔をした。

「やっぱり一本頂戴。吸ってみる」

「ほらよ」

 俺はタバコを取り出して高城に渡した。高城はそれを咥えている。火がねぇか。と、俺は咥えているタバコの先を高城のタバコの先に当てる。

「そのまま息を吸え」

 と、俺は言った。高城のタバコに火が移る。じりじりと灰に変わっていくそれを見て俺はタバコを離した。

 けほっけほっと咳き込む高城。まあ、初めてはそんなもんだろう。

「なんか別の息苦しさだね」

「慣れればどうってことはないさ」

 と言葉を交わし高城は何度かタバコを吸ってみては咳き込んでいた。

 高城がタバコを吸い終える頃、八代がこの教室へと入ってきた。酷い顔をしていた。

「水野、テメェ何してんだよ」

「見て分かれよ。タバコ吸ってんの」

「もう高城には近づくな」

 と、八代は俺のことを睨んで高城の手をとった。

「またな」

 と、俺は二人に挨拶をする。

「またね」

 と、高城だけが返してきた。俺は根っからの天の邪鬼らしい。それから授業をサボるのは止めた。酒も止めたけどタバコだけは止められなかった。そして、度々高城と駄弁った。その事を八代が把握していたとは思えない。あいつならきっと高城を俺から離すはずだからだ。

 屋上から見える土手を見ながら八代の事を思う。あの日のあいつの顔が、未だに俺は忘れられないからだと思う。

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