いくじなし

あきかん

それでも、君がいるから好き

 わたし達の通う学校は近くに大きな土手があって、そこを歩くといつも風が吹いていて、服ははためくし手荷物も手を離すと直ぐに飛んでいって嫌になる。それにいつも髪がくちゃくちゃになるの。


 それでも、君がいるから好き


 学校から続くその土手は、駅のそのまた向こうまでずっと続いていて、水平線の先まで伸びていね。そこを何度も往復する君に、わたしは何度かすれ違って追い抜かれて。

 土手の上に広がる真っ青な宇宙を駆ける羊雲の背景に君は瞬く間に小さくなってゆく。

 わたしはその度にいつか聞ければいいなって思ってたんだ。

 どうして君はそんな一生懸命に走っているのかって。


…………


「はぁ?高城がなに?」

「だから、高城くんが何で土手を走っているかってこと」

「そんなん知らねえよ。あいつ運動部じゃねえし」

 バレー部の咲希ちゃんなら知っているかと思ったんだけどな。学校の屋上から土手を眺めながらわたしは君のことを考えていた。空は快晴。気持ちの良いそよ風が屋上に吹く。

「高城くん、いつも一生懸命走っているから運動部かなっと思って」

「へぇ何?もしかしてあいつのこと好きなの?あの高城をねぇ」

「きっとそうだね」

「うわっ何なのこいつ!そんなやつにはこうだ!」

 と、咲希ちゃんに髪をぐちゃぐちゃにされながらわたしは高城くんのこと何も知らないんだな、と改めて思いをはせていた。

「そんなに知りたきゃクラスで聞けば良いじゃん!それが恥ずかしいなら土手でもいいし」

 それもそうだな。聞けば良いんだ。簡単な事だ。今日の帰りに土手で聞いてみよう。

 と、その気持ちのままに学校が終わって土手の手すりのあるところで君を待っているのだけれども、胸のドキドキが高まって張り裂けそう。相変わらず土手には風が吹いていて、くちゃくちゃになった髪を手櫛で梳きながら、早く来ないかな、あれは高城くんかなって考えちゃって。

 あ~、咲希ちゃん。わたし、思ってた以上に高城くんのこと好きだったんだ。やばいよ〜。

 なんて思っていたらその当人が駆けて来た。声を掛けようと一歩踏み出したけれど

「あ、た……」

 と、声が詰まってしまい、君は遥か向こうへと行ってしまって、思わずへこたれ、体育座りになっちゃった。

 それから何度もすれ違ったけど勇気が湧かずに立ち上がれなくて。君が過ぎ去って行くのを見送るしか出来なかった。


 高城くんとは、クラス替えの最初の座席替えで隣になって、君は軽く会釈して席に座ったのを憶えている。

 それから何となしに君のことを目で追っていると、教室の花瓶に水をやっていたり、乱れた机をさり気なく直していたりと、穏やかで気の利いた仕草に心惹かれたんだ。

 それから体育祭が近づいたある日、わたしは何となく土手伝いに帰ろうと思いたって、一生懸命に走る君に出会ったんだ。

 それがね。なんだかとっても嬉しくて。走っている君の姿はあまりかっこいいものではなかったけど、脇目も振らず真っ直ぐ前を向いて一生懸命走る姿が素敵だなって思ったんだ。

 わたしはこんな見た目で回りから注目されちゃって。その度に咲希ちゃんに助けられてきたけど、それでも目立つ事はやっぱり嫌いで。だから、何で君はそんなに一生懸命なんだろうって。

 その日も相変わらず風が吹いていて、家についたら髪がくちゃくちゃになってたけど、帰宅途中はとっても幸せな気分で歩いて帰れて、いつもの景色がいつもと違って色鮮やかに見えたよ。

 だからわたしは、あの日からこの土手を歩いて帰っているの。風は強く吹くけれど、陽射しは気持ちいいし土手から見える景色はとても綺麗だし。この街に10年以上住んでいるけど、こんな素敵な街だって気がつけたのは君のおかげなんだ。

 それにね。たとえ曇り空で陰鬱な景色だったとしても、雨で髪や服が濡れてしまうことになっても、一生懸命な君がいるからこの道は好き。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る