厨二病少年の平和な日

冲田

厨二病少年の平和な日

 俺の朝は早い


 結界を張り巡らせたマイホームでは、俺は無防備な姿を晒している。

 俺をつけ狙う脅威(きょうい)から身を守るため、俺の中に蠢(うごめ)く闇が周囲への脅威とならぬため……。それなりの身支度というものには時間がかかるのだ。


 洗面台(真の姿を映しし銀鏡と湧水の間)におもむき、寝起きの顔を確認する。

 長めの漆黒の前髪をかき分け現れる、闇を纏(まと)いし漆黒の瞳。俺は、この瞳が嫌いだ。

 顔を浄めたのち、カラーコンタクト深紅の義眼ブラッティアイを左目に、金色に光る邪気眼(イビルアイ)を右目にエンチャントし、闇を、力を、封じ込める。


「──っく……うっ……ぁあ!」


 これが、なかなかの苦痛だ。まぶたを瞬(しばた)くと、うっかりとひと粒、ふた粒、涙がつたう。


 右目には眼帯を装着し、髪型を整える。隠匿(いんとく)されし邪気眼(イビルアイ)は、その名の通り見られるわけにはいかないのだ。


 次は両腕の封印だ。


「刻印が薄くなってきているな」


 油性ペン消せぬ暗黒の呪印を刻むエディングで、腕の紋様をより濃く顕現(けんげん)させる。

 その後くるくると両腕に包帯を巻いて、刻印と共に荒ぶる力を封じ込める。


 重ねて言うが、マイホームは結界を張り巡らせているため、瞳のエンチャントやその他封印がなくとも、自身や周囲に影響は及ばない。

 だから、こうやって悠長に毎朝包帯を巻き直せるというわけだ。


 学生服に着替えたあたりで、ブレックファーストができあがる。

 悪に打ち勝つためにきちんと食事をとるのも必要なことだ。我が血肉となる命に感謝し、いただく。



 学ランを、袖を通さずに肩に羽織り、いざ結界の外へ出る直前に愛用のオープンフィンガーグローブを……あれ?


「おい! 母さん! フェイクレザーの手袋どこやった?」


「まだ寒くもないのに手袋なんかして、洗わないと汗まみれでしょ。外に干してあるわよ」


「勝手に洗濯機で洗うなって、言ってただろ! 天日干しもダメなんだよ。生乾きだし! 他の手袋どこっ?」


 ──おっと……少々取り乱してしまった。


 オープンフィンガーグローブをはめ、結界の外へと出る。向かうのはもちろんハイスクールだ。

 敵の目を欺(あざむ)くため、学生というかりそめの立場は、キチンとこなしている。


 学校では、俺に関わろうという奴は多くない。まあ、そのほうが都合はいい。

 最近は平和なものだけれど、いつ、危険に、悪との戦いに巻き込んでしまうかしれない。


 ── 一帯に、悪の気配はない。今日もきっと、俺の出番はないだろう。




 今日のミッションを全て終え、結界の中に帰りついて俺は思わず呻(うめ)いた。


「右目が……両腕が……疼(うず)く……!」


 一日、封印していた右目の、両腕の疼きが耐え難いものになっていた。


 眼帯を、包帯を外し、俺は我慢ならずに目と腕をかきむしる。

 こうしていると、かゆ……あ、いや、疼きを多少は抑え込むことができるが、身体へのダメージも大きい。


 禊(みそぎ)で不浄を祓(はら)い、封印の包帯もそのついでに清める。


「母さーん! バスタオルの棚、空なんだけどー!」


「は? あんたもうお風呂入ってるの? 帰ってきたばっかりじゃない」


 いつ禊をしようと俺の勝手だ。結界外の不浄は、なるべくマイルームには持ち込みたくない主義なんだ。

 潔癖というわけではないが、不浄は良くないものを呼び込むからな……。




 さっきから誰にこんな独白を聞かせているのかって?

 ──貴様だよ。そこで俺を見ている貴様だ。

 気付かないとでも思っていたのか? 俺の邪気眼から逃れることはできねぇんだよ。

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厨二病少年の平和な日 冲田 @okida

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