第2話 トラップ解説動画

 今日はマネージャーの篠崎さんが来ている日。この前、投稿した動画の状況を確認するみたい。


「さて、ルネさん。先日投稿した動画ですが、まあまあ好調な滑り出しですね。再生数が300と初投稿にしてはまあまあな数字です」


「へー。それってどれくらいすごい? もしかして、トップ狙える!?」


 やっぱり、コメントにもあった通り、私は可愛いから、再生数がうなぎのぼりってことかな?


「いえ、配信者のトップはそれこそ、一日で万、億と言った再生数を稼ぐ化け物です」


「いやいやいやいやいや! トップがそれって300全然凄くないじゃない!」


「ところがですね。動画投稿サイトのデータを調べてみると、大多数の投稿者は再生数が3桁いかないんです」


「え? トップと最下層の差はエグくない?」


 モンスターカースト制度でもそこまで酷い差はないと思う。下位のモンスターでも束になれば上位のモンスター1人に対して勝つことは可能。でも、人間界の配信者のカーストは下位層が束になってもトップに敵わないなんて救いがなさすぎる。


「初投稿で300行くのは才能があると言ってもいいでしょう」


「ふふぇへへへえええ。いや-、やっぱり私って才能あるんだね」


 また、変な声が出てしまう。


「まあ、初投稿で万再生いく人もいますけどね」


「その情報、今いる?」


 折角いい気持ちだったのに水を差されてしまった。


「ところで、ルネさん。今回撮影する動画のネタは考えてあるんですか?」


「もちろん! それじゃあ、早速ダンジョンの入口付近まで行くよ!」


 私たちはダンジョンの最深層にあるボスモンスターの部屋から入口付近まで移動した。途中で、雑魚モンスターと何人かすれ違ったけれど、みんなヒマそうにしていた。そりゃあ、まあ、誰も探索者が来ないし。


「それでは、ルネさん。撮りますよ。5、4、3.2——」


 篠崎さんの合図で撮影が開始した。よし、撮影モードのキリっとした顔に切り替えて、やるぞ!


「みなさん! こんにちは! アルラウネのルネだよ!」


 掴みの挨拶はバッチリ。カメラのセンターからちょっとズレてダンジョンを映す。


「今日は、私が住んでいるダンジョンの紹介をするよ。私がいるこの深緑のダンジョンは草花の世界。ダンジョンって暗くてじめじめしていて、陰気な感じがするでしょ? でも、ここはお花のフローラルな香りと擬似太陽のぽかぽか陽気でとっても楽しい場所なの。ぜひ、遊びに来て欲しいな」


 そして、このダンジョンで力尽きて魂の回収をさせて欲しいかなって。


「どこのダンジョンにもあると思うんだけど、ダンジョンにはギミックやらトラップがあるよね。このダンジョンにあるトラップを紹介したいと思います! わーパチパチ!」


 何事も明るさとテンションが大事! 暗いところに人が集まるわけがない。私の可愛さと明るさで押していく。


「それでは、今回紹介するトラップはこれ! 人食いサラセニア。そんなものどこにもないって? ふふん。上を見て!」


 私が天井を指さすと篠崎さんがカメラワークを上向きにしてくれた。ダンジョンの天井には、人を飲み込めるくらいの大きさのサラセニアがぽつぽつと感覚を開けて自生している。


「人間界のサラセニアは筒状の葉っぱの中に虫を落として捕食をするんだけど、魔界のサラセニアは逆。上から獲物を狙っているの。サラセニアの真下を通った時に、サラセニアが落下してきて、ばくっって食べちゃうんだ!」


 そして、このサラセニアには探索者シーカーしか襲わないように、教育してある。アルラウネの能力を使えば、植物に命令を送ることも可能なのだ。


「さ・ら・に。凄いのは、これ。このサラセニアの下からちょっとズラしたところに宝箱を置いてあるの。中身は空なんだけどね。この宝箱を開けようとすると丁度、サラセニアの真下に来るような位置取りになっている。人間が欲をかいて宝箱を開けようとすると、終わりなんだー」


 私はカメラに向かって得意気に微笑んだ。配信者はカメラ目線を意識するのが重要だって教わった。


「ちなみに、このトラップを考案したのは私。このトラップがどれだけ凄いのかって言うと、最近人気が出てきたダンジョンあるでしょ。ピクシーがいっぱいいるダンジョン。あそこのイタズラ妖精たちに、このトラップを教えたら早速採用されてね。それで結構な数の探索者の命を奪ったんだって。手柄はピクシーに取られちゃったけど、考えたのは私。どやあ!」


 気持ちいい。これがずっと言いたかった。


「ちなみに、人食いサラセニアは丁度真下に探索者が来ないと発動しない仕組みだから、なにか異変を感じたら上を見るといいよ。真下にさえいかなければ襲ってこないからね」


 対処法も教えて完璧! 私ってば親切すぎる!


「それでは、今回の動画はここまでにしよっか。それでは、みんなー。じゃあねー。ばいばーい」


 画面に向かって手を振る。どうやら、人間の習性として可愛い子が手を振ると可愛いと感じるらしい。意味が分からないけれど、とりあえず、隙あらば手を振った方がいいのかもしれない。


「はい、おっけーです」


 篠崎さんのその言葉で私は撮影モードから普段のだらっとしたモードへと切り替わった。


「ふう。こんなもんかな。それじゃあ、篠崎さん。これをまたアップしてね」


「はい。わかりました」



 そして、また数日後。篠崎さんがやってくる日が来た。まあ、ここに来る人間は篠崎さんしかいないけど。


「ルネさん。聞いて下さい。前回の動画ですが……なんと……」


 篠崎さんが無駄に溜めるので私は生唾をごくりと飲み込んでしまう。


「1万再生突破しました」


「ふぇ!?」


 私は変な声がでた。え? 1万ってあれ? 日本円に換算すると渋沢?


「な、なんで? え、いや。私の可愛さなら当然だけど……ちょっと動画を見てもいい?」


 私は自分の動画を開いた。確かに再生数が1万を超えている。しかもコメントがたくさんついている。


『情報提供たすかる』

『ダンジョン攻略wikiから来ました』

『ピクシーのダンジョンに挑む前にこの動画を見て良かった』


「どうやら、探索者の間で人気になったようですね。ダンジョンの攻略情報を載せている外部サイトにURLを貼られたのが大きいかと」


「むー」


 私は頬を膨らませた。当然のふくれっ面である。


「なんで、怒ってるんですか?」


「なんで情報に関するコメントばかりで、誰も私を可愛いって褒めてくれないんですか!」


 前回の動画では私を可愛いって褒めてくれたのに! あの言葉は嘘だったの!


「あ、はい。そうですか」


 篠崎さんに軽く流れた。もうちょっと愚痴に付き合ってくれてもいいのに。


「後、それと……この動画を投稿したことで苦情が届きました」


「苦情……?」


「はい。ピクシーダンジョンのボスモンスターのエルシー様からのメッセージです。読み上げますね」


『ルネちゃん

 やってくれたね! なんでトラップの秘密をベラベラとしゃべるの!

 お陰であのトラップに引っかかる探索者が誰もいなくなったじゃないの!

 折角、効率よく人間の魂を回収できるかと思ったのに、台無しになったじゃない!

 何を考えてるの? そりゃ、トラップを教えてもらっておいてこんなことを言うのは厚かましいかもしれない。けれど、言わせて?

 バーカ!』


 私は数秒考えた。そして、「あああぁあああああー!」と叫んでしまった。


「や、やってしまった! そうだよ。探索者向けに動画出してんだから、トラップの対処法教えちゃダメじゃない! 篠崎さん! どうして教えてくれなかったんですか!」


「いえ、ルネさんがギャグでやっているのかと思って。他人の渾身のギャグを指摘するほど、私は無粋ではありません故に」


「ギャグなわけないじゃない! ギャグで飯の種減らすバカがどこにいるの! もう!」


 結果、私の動画は流行った。流行ったけど、そうじゃないんだ。そして、まだ私のダンジョンに来る探索者はいない。世知辛い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る