舞台書店。〜見下げる劇場〜

無頼 チャイ

奇遇

 何本もの鉄道が繋がったターミナル駅。その中の、いくつかの店に紛れるようにして佇まう本屋。私はそこに用があった。

 左足でホーム床を蹴り飛ばすと、右足で木目調の床を踏みしめた。

 店内は木目調を基調にしていて明るい。本棚が1つ、後は壁に手作りっぽい棚と、カウンターがあった。

 そしてもう1つ。


「…………」


 窓。壁一面に嵌め込まれた窓があった。その手前にカウンターと椅子があり、卓上に小瓶と、本が数種類ある。


 「いらっしゃいませ。良ければお席にお掛けください」


 女がスッと現れ、人当たりの良い笑顔で微笑む。

 私は丸椅子に腰を下ろすと、手作りっぽいメニュー表に目を通した。ブレンドコーヒーと紅茶ぐらいしか無かった。


「……コーヒーで」


「かしこまりました」


 卓の上に腕を下ろし、そっと、眼下に広がる光景を目にする。

 人、人、人。

 交差する人間の波がそこにあった。それぞれが目的を持ってすれ違い、駅の迷宮を散歩する。


「おまたせしました。ブレンドコーヒーです」


 少しおっとりした心地よい声が隣から聞こえ、白い細い指が黒い液体の入ったカップを卓上に置く。

 軽い会釈をすると、微笑みが返ってくる。


 「あの、良ければ」


 白い指先が卓上を指す。


「当店オリジナルの小説なのですが、良ければお読みください。……自信作なので」


 そういうと、レジカウンターに帰っていった。


「これか」


 5冊あった。

 どれも薄く、10分もあれば読み終えそうだ。


「太陽の交差点……重石……月食パラソル……お茶目なマグカップ……」


 タイトルを読み上げながら読む物を吟味する。そのタイトルで指が止まった。


「眼下の劇場」


 震えていた。読みたいと思っていた本を見つけたから。一呼吸し、質感を確かめるように表紙を撫で、ページをめくった。


「お客様。そちらを選ぶとはお目が高い」


 肩に体重が加わる。


「ちなみに、当店の店名は『より糸』と言うのですが、なぜより糸になったと思います」


 階下が騒がしかった。


「ねじり合わせる。お客様の望む物を、ねじり叶えるためです」


 視界に駅員らしき人物が通る。横になる少年が見える。


「お客様。終わってますね」


「だからここにやって来たんだ」


 女が答えを聞き出そうに、耳を寄せた。


「ターミナル、終末に足を運ぶにはちょうど良いだろう?」


 コーヒーを飲んだ。深い黒のコーヒーを。

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