5、反省(セドリック視点)

(俺はなんて馬鹿だったんだろう)


 アメリアのショールの内側に隠れながら、セドリックは自己嫌悪に陥っていた。


(俺が聞いていた話と違う。アメリアは、傲慢で嫌味な女だと……。頭がいいことを鼻にかけて部屋に閉じこもっているのだと聞いていたのに……)


 誰から?

 もちろん、リンジーやキースたちからだ。



『セドリック様、お気を悪くしないでほしいんだけど……。お姉さまはあんまり結婚に乗り気じゃないみたい』


 婚約してすぐにリンジーからそう言われた。

 この婚約はセドリックの父親が決めたものだ。跡継ぎのセドリックの助けになれるような頭のいい女性を、ということでアメリアとの話が纏まった。


 パーシバル家側は妹のリンジーを婚約させたがったらしいが、父がアメリアがいいと譲らなかったそうだ。もちろんセドリックもアメリアの書いた論文には目を通したが、年下とは思えぬ素晴らしい出来だった。

 パーシバル夫人とは血のつながりがないらしいが、そのようなことは些末な問題だ。当時十五歳だったセドリックもアメリアを娶ることに異論はなかった。


(父上は俺に期待してくださっているのだ)


 優秀なセドリックと優秀なアメリア。

 子どももさぞかし出来のいい子になるに違いない。そうすれば――セスティナ家公爵家の中でセドリックは盤石な地位を築ける。従兄のフレディは学生時代の恋人と結婚するらしいが、セドリックは違う……。父の期待に応えるのだ。


 しかし、実際に会ってみたアメリアは地味で、口数も少なく、まったく会話も弾まないつまらない女だった。


 公爵家の嫡男としてちやほやされて生きてきたセドリックは腹を立てた。

 リンジーから「姉は嫌々婚約した」「引きこもって私たちとは口もききたがらない」と事前に言われていたのを鵜吞みにし、アメリアは自分を見下しているのだと思い込んでしまっていたのだ。


 セドリックがきつい言葉を言っても、アメリアは表情一つ変えずに淡々と謝るだけ。


 婚約者に嫌われたくないだとか、良好な関係を築きたいなどという意思は感じられず、本当に「仕方なく婚約した」のだということが良く分かった。だが……。


(アメリアは家族からずっとこんな態度をとられていたのか?)


 継母からは雑用を押し付けられ。

 妹弟からはいじめられ。

 血のつながっている実の父は無視。

 ……ひどい。ひどすぎる。


(そして何も知らずに悪口を鵜呑みにしていた俺……。アメリアから好かれていなくとも当然だ)


 ショールが外されて視界が明るくなる。

 明るく……と言ってもそこまで明るくはない。いつもの、カーテン閉めっぱなしのアメリアの部屋だ。セドリックはランプが灯る机に飛び乗り、サンザシの薬を舐めた。声が出せるようになる。


 本当にアメリアは優秀だ。

 リスの姿になって、真っ先にアメリアを頼ってきてしまったのも、彼女の頭脳や腕前は確かだと……彼女ならどうにかできるのではないかと思ってしまったからだ。


「お腹すいてますよね? 食べますか?」


 アメリアはナプキンに包んだパンを小さくちぎってくれた。

 床に落ちたが、これだけはきちんと包んであったので平気だ。


「あ、ああ……」

「ブドウは落ちてしまいましたが、そういえばこの辺りに……ああ、あった。ヒマワリの種です」

「……すまない……」


 力なくヒマワリの種を齧ると、アメリアは心配そうな顔でセドリックを見ていた。


「どうしたんですか、セドリック様……」

「なんだ」

「いえ、急にしおらしくなってしまったので……。『ヒマワリの種なんか食べられるか!』と怒るかと思っていたんですが。さっき、母が脅したから嫌な気分になってしまわれたんですよね。やっぱり公爵家に帰られますか?」


 ここにいたらアメリアが責められるだろうか。それは本意ではない。

 すぐに返事をできなかったのを肯定と受け取ったらしい。

 アメリアはサンザシの薬の残量を確認すると立ち上がった。


「公爵家に持ち帰れるように新しく作りますね。水を汲んできます」


 出て行ったアメリアを見送る。食欲もなく、床に下りたセドリックはうろうろと歩き回った。帰ったところでこのまま元に戻らなかったら……、それにアメリアをこのままにしていいものか。しかし、自分がいても何か役に立てるとは思えないし……。


「ん?」


 セドリックはベッドの下に何かが押し込められていることに気が付いた。

 ひらひらした薄桃色のレースの塊だ。アメリアには似つかわしくない。


「なんだ、これは……。ドレス……?」


 引っ張り出すとレースやリボンが確認できた。

 アメリアは地味な色のドレスばかり着ていると思ったが、こんな少女趣味なドレスを隠し持っていたとは驚きだ。着るのが恥ずかしいと思って隠していたのか、それとも……。


「!」


 無惨なものだ。ドレスはあちこちハサミで切り裂かれていた。

 アメリアがやったのではないと断言できた。なぜなら、繕おうと努力した痕があり、縫い痕は繊細なレースがたくさん重なっている部分で止まっていた。

 修復不可能だと気付いて諦めたのだろう。その時のアメリアの気持ちを思うと胸がぎゅうっとつぶされそうになる。夜会でアメリアの装いを詰ったことを激しく後悔した。


「あれ……、セドリック様。食事はもういいんですか?」


 戻ってきたアメリアはセドリックがドレスを見ているのに気づくと、「すみません。お見苦しいものを」と再びベッド下にぎゅぎゅっと詰めた。

 その何事もなかったような態度に――セドリックはきっぱりと宣言する。


「アメリア、俺は公爵家には帰らない! ここでお前が解毒剤を作ってくれるのを待つことにする!」

「え……。見張っていらっしゃらなくてもちゃんと作りますよ? ご心配であればセスティナ公爵にも説明いたしますし……」

「お前のことを疑っているわけではない。ただ、誰が俺をこんな姿にしてしまったのかわからん以上、信頼できる人間の元にとどまった方が良いと判断しただけだ」

「信頼……しているんですか? 私のことを?」

「う、腕は確かだろうっ!」


 キョトンとした顔のアメリアに怒鳴ってしまう。


(ああ……、これではダメだ。これまでの事を詫びなくては。ひどいことを言ってしまったことを謝って、アメリアとの関係を修復したい)


 だが、アメリアはセドリックがいては迷惑だと思っているのでは……。

 表情に乏しい顔を窺い、落ち着きなく手を動かした。


「め、迷惑……か? 俺がここにいたら……」

「え? いえ、特には」

「そ、そうか!」

「ただ……」


 アメリアは眉を下げる。珍しい、困った顔だ。やはり嫌々了承してくれたのかと不安に思っていると、


「久々にこんなにたくさん喋ったな、って……。普段、喋り相手がいないのでなんだか変な感じですね」

「…………」


 絶対に人間に戻りたい。

 セドリックは強くそう思った。


 元の姿に戻ったら、さっさとアメリアと結婚してこんな家から出してやる。美味しいものを心ゆくまで食べさせ、広いベッドで寝かせてやりたい。

 それがこれまでアメリアにしてきたことへの贖罪だ。

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