人のいない本屋

QU0Nたむ

20年3ヶ月4日8時間27分15秒前

 今、当店。一般的に『書店』または『本屋さん』と呼称されるこの場所には人がいない。


 スタッフである、私だけが存在している。


 私が、ここに配属されたのは今から20年3ヶ月4日8時間27分15秒前。


 配属されて最初の約10年は、今思えば働けていたと考えられる。


 新入りのスタッフに仕事マニュアルを教えたり、失敗をフォローすることでお礼を言ってもらえた。


 新しい本を棚に並べて、それを目当てに来店したお客様は、満足そうに袋を持って帰っていった。


 絵本を抱えて笑っていた女の子は、今はどうしているのでしょうか?


 そんな当たり前に働いていた環境がだったなんて思考したこともなかった。




 いつからか、気付けば新刊の入荷がなくなった。


 落胆してお帰りになる背中を何度見送っただろうか。


 そうして、私が書店員になって10年と3ヶ月。

 本が来なくなった。


 その次には文句を言いながらも、仕事終わりには口角を上げてタバコを吸ってた彼がいなくなった。


 まだ辞めたくないと泣いていた。


 彼以降に新人は来なくなった。


 そこからさらに4日。


 せめて、今ある本で精一杯働こうとした。


 しかし、この日。

 書店を開店すると、そろいの制服のお客様が店長に紙を突きつけた。


「これより!紙資源の徴収を行う!国民として協力されたし!」


 私の接客用の単語集ライブラリにはないワード「バイオ燃料」「戦時下」「拒否権はない」矢継ぎ早に放たれる。


 インストールされてないワードは理解できない。


 理解できないが、インストールされている行動がとっさに出た。


「お客様!そちらの商品はお会計が済んでおりません!レジにてお会計をお願いいたします!」


 両手を目一杯広げて防犯対策の行動を実行する。


「黙れこのポンコツがっ!」


 頭部に衝撃を受け転倒する。


「申し訳ございません、すぐ停止させますので」


 駆け寄る店長が集音装置に「すまない」とかすれた声を落とすのを最後に、記憶ログは途切れた。


 そこから10年、月日だけ進む。


 私の電源が再び入れられたのは8時間27分15秒前。


 店長はいない。

 退勤記録は数年前、それ以降に出勤はされていない。

 本棚には本は一冊もなく、ホコリだけが動けなかった間の時間のように灰色に積もっていた。


 私を起動おこしてくれたのは、片足を木の棒にえた、辞めたスタッフの彼だった。


「おはよう、センパイ。すっかりオンボロになっちまって……」


 視界カメラに映る彼は、目を布で覆っていた。


「該当カテゴリ、【厨二病】。田中さん、接客業は笑顔が大事ですよ。ファッションなら外しなさい」


「ひどっ?!でも、懐かしいな。」


 お困りのお客様のように眉を寄せてるのに、笑う彼。

 私には、その表情を形容する言葉が登録されていない。


「センパイにはお願いがあって、会いに来たんだ。」


 彼が取り出したのはA4サイズの紙の束。本と呼ぶにはあまりにも不格好なソレを私に差し出した。


「コレをこの店に置いてほしい。タイトルは『無愛想な隣人』」


 軋むアームを上げて、ゆっくりとソレを受け取った。


「少しずつ指令書用の紙をちょろまかして、やっと書き上げたんだ。頼むよ」


 私は店長の指示なしに陳列は出来ない。


 しかし、店員スタッフから新刊を受領したのだ。

 この場合、私が取るべき行動は一つだけだ。


「かしこまりました、久しぶりの新刊ですね。一番いい位置でポップを……紙がないんでしたね。どうしましょうか?」


 私がどう陳列するか思考していると、彼はフリーズして、そして笑い出した。


「ハハっ……あんなにマニュアル、マニュアルうるさかったセンパイが受け取ってくれるなんて。」


「私は店員として当然の行動をしただけです」


 ひとしきり笑うと彼は満足したようで、笑顔で出ていった。




 私は同じスタッフである彼に


「またのご来店お待ちしております」


 と投げかけて見送った。


 長く放置されていたので、なにか言語設定にエラーが起きている可能性がある。



 そして、今に至る。


 これが20年3ヶ月4日8時間27分15秒間の記録であり。

 これからこの【本】をお客様に買っていただくのが、私の仕事だ。


 たとえ、何年、何十年先になろうとも。

 彼が綴った、この物語が誰かの手に届くように。


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