二人の散歩道

パセリ

第1話―はじまりの道

「がぁっ…!」

女はスタンガンを男の首元に押し当てる。

男が倒れる。

女はすぐさま別の男に連絡をとり、近くの通りに黒のワンボックス車を来させた。

女は手早く車からタンカーをおろし、指紋や手汗が被害者につかないように手袋をはめる。車で来た男と二人がかりで倒れた男を乗せる。

二人はタンカーをトランクに運び込み、そのまま夜の住宅街をあとにした。


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月曜日の午後。今日もヒトミといっしょに駅前まで歩いていた。

ぼくはとてもさびしかった。なんでだろう、土日が非常に恋しく感じるからだろうか?空の端が黄金色に光る。

「ねえシュウト、なに考えてるの?」

ヒトミはぼーっと線路の方向をみるぼくにそう問いかけていた。

「いや、なんでもないんだ。そんなことより今日はどういうルートで帰ろうか?」

「今日はまっすぐ帰りたいな。早く家に帰って動画投稿サイトで配信するの」

「配信するって、なにをだい?」

「お菓子のつくりかただよ。シュウトにはいつも食べてもらってる、あのクッキー。」

「ああ、そうなのか。」

二重どころか三重に気分が重い。まるでレンガブロックが頭にのしかかってくる気分だ。

「それにしても、なぜ配信を?」

「え、なんとなくだよ。趣味って感じ。」

ふーん、とだけ言い、ふたたび前をむく。


そういえば、ヒトミとこの駅前を歩くのはもうずいぶんと長い。

ぼくとヒトミは、桜ヶ丘駅から1.5kmほど離れた高校に通っている。ぼくとヒトミは小学校4年生のときに通っていた塾―汪倫館―で出会った。汪倫館はぼくとヒトミが通う高校の目と鼻の先にある。校門を出て左に曲がった大通りに存在している。親がその塾のチラシを朝刊で見つけてきて、ぼくは汪倫館に入塾させられた。勉強が苦手なぼくをすこしでも勉強できるようにと。中学・高校受験の合格実績が良いらしく、親は入塾させればぼくの勉強の苦手克服と勉強のやる気アップにつながると考えたそうだ。ヒトミは自分から塾に入ったんだっけ。詳しくは忘れた。ぼくはヒトミに誘われて中学受験をし、無事二人そろって桜ヶ丘駅近くの学校―桜花おうか中学校―に入学した。高校も、中学と同じ学校法人が運営しているところに内部進学で入った。中学と高校は同じ敷地だ。だから、小中高校と、同じ駅からほぼ同じ場所に歩いていることになる。


ぼくとヒトミが仲良くなったのは、塾に入ってしばらくしてからだった。5月下旬くらいだろうか。

塾は学校よりも授業内容が難しく、いつも困っていた。

理解はできるのであるが、いざ計算しようとなると手が止まる。頭の中がごちゃごちゃしてくるのだ。

授業スピードはもちろん早い。学校よりもいつも一歩先をいっている。この先ついていける自信がない。

みんな帰っても、教室に残って考えにふけることがしばしばあった。

そんなある時、

「ねえ、なにしてるの?」

とぼくの座っている机の右前からやってくる一人の女の子。

「いやちょっと、わからなくて考えてたんだ」

「そうなの。ここはこんなふうに解くと楽で…」

机の上にひろげていたぼくのテキストを見ると、解説をはじめた。

このときぼくに丁寧におしえてくれた子がヒトミであった。

「家、どこなの?」

「ぼくは桜ヶ丘駅から三駅ほど行った神谷白(かみやしろ)駅だよ」

「あ、じゃああたしと同じ方向だね。いっしょに帰らない?」

「べつにいいよ」

ぼくは机にちらばったノートやテキストをまとめるとカバンにおしこんだ。

彼女は自分の席に置いたカバンをとって教室出口へと歩いていた。

しばらく間をおいてぼくもあとを追いかけた。


塾から出て駅方向へと続く道を歩く。なだらかな下り坂であり、歩道は駅前らしく整備してある。

「今日はつかれたねー。最後の算数の問題なんてまったく歯が立たなかったよー」

「うーん」

あいまいにしか答えられなかった。というよりかはあいまいにしか答えたくなかった。知恵熱でとにかくボーっとしたくって。下手に真面目に答えて会話を続けたくなかった。

「…」

「…」

しばらく沈黙が続く。

口を切ったのはヒトミだった。

「ねえ、この近くに公園があるんだけど、行かない?」

「え、なんで?」

「じつはあたし気になってて、ほら、電車から見えるでしょ?」

たしかにぼくたちが帰る方向の電車からは公園が見える。

といっても遊具なんて滑り台とてつぼうくらいしかない、簡素なものであるが。

住宅街にある公園で、周りは乱雑な草木に囲まれていてちょっとした森林浴気分を味わえる雰囲気であった。暗いけど。

「ぼくも気になってきたし、行ってみたい!」

「うん、行こう!」

ぼくらは少し駆け足になって公園へと急ぐ。


公園についた。やはり草木が茂っていて少し薄暗い。

「なにもないねー」

「ボールでも持って来ればよかったな」

「なにか砂場でつくらない?お城とか」

「無理でしょそんなの、すぐくずれちゃうよ」

と言いつつもちょっと砂場で遊べることがうれしくて、すぐさま塾の用具が入った薄い水色のリュックサックを砂場近くに放って砂場へと足を踏み入れた。

砂を掘ってヒトミとぼくとで砂を盛る。

ひとまず山の形をつくる。

「お城の形にできないから、砂山をいくつかつくってお城の屋根みたいにしよう」

「うん」

ヒトミの意見に賛成した。

そして砂山を3つ作った。真ん中が一番高くて、両端がそれの半分くらいの高さになるようにして。

「これ、どうしようか?」

つくった”お城”に目を向けながらヒトミは言う。

「おいとけばいいんじゃない?こわすのなんかもったいないし」

「そうだね。じゃあもう帰ろう」

「え、もう帰るの?せっかく来たんだからてつぼうでもしようよ」

「あたしは見ておくだけにするよ」

ヒトミはベンチにおいていた紺色の布製の手提げかばんを持つと、砂場にまだいるぼくを見下ろしてそう言った。

太陽はすでにだいぶ傾いていて、公園近くにある家の二階の窓に反射した光がぼくの目に入ってきてまぶしかった。


「あーきょうはたのしかったな。ひさしぶりにはしゃいだ。毎日塾つかれちゃう」

「ぼくもだよ。」

あれだけ楽勝に問題を解いているようにみえるヒトミでもぼくと同じ気持ちになるのだろうと、ふと安心する。

今日分からなかった算数の問題をおもいだして憂うつを感じていたので。

「ねえ、今度からいっしょに帰らない?話したり遊んだりする人がいるとたのしいなっておもって」

「いいけどべつに」

べつにいいけど、ぼくには彼女の心を満足させる自信はなかった。

なんといってもヒトミに教えてもらっている立場なのだから。

けど、ぼくは塾という牢獄から少しでもはなれたいから、まあ利害が一致しているということでいいのか。

「そういえば名前はなんて言うの?ぼくはシュウト」

「あたしはヒトミ。よろしく」

砂場で遊んだ仲といえど、会話して初日だとやはりどこかぎこちなさを感じる。

ぼくたちはあまりしゃべらないまま駅の改札口を抜けた。


そこからぼくとヒトミは小中高校と、いつもいっしょに帰るようになった。

帰る途中でいろいろな道や店を見つけては回り道をするため、いつの日かのときから帰りは探検のような散歩をしていた。ぼくたちは決まったみちを歩かない。未知なる道を。それがぼくたちの散歩に課したモットーであった。好奇心がぼくたちの散歩道なのだ。

ずっとずっと、寄り道散歩である。


それだから今日、とっとと家に帰って動画配信するなんて言われて、非常に困惑してしまったわけだ。

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