第3話 転校生はフラグの予感
授業の終わりを告げる鐘が鳴り、お昼休みに突入すると、
生徒たちは皆、各々のお昼ご飯を好きな場所で食するために移動を開始する。
紫は、鐘が鳴ると同時に、お弁当を片手に教室を飛び出した。
もちろん、奏也のクラスへ向かうためだ。
初めの頃は、奏也が紫の教室まで迎えに来るようにしていたのだが、いつも誰かしらに話し掛けられ呼び止められる奏也を待っていたのでは、お昼休みが終わってしまう。
案の定、紫が奏也の居る教室へ着くと、入口に溢れんばかりの人だかりができていた。
昨日、あんなに大勢が居る前でキスシーンを見せつけてやったというのに、まだ諦めていないのか、このクソ女どもめが……っ、と紫が内心で悪態をつく。
しかし、よく見てみると、集まっていたのは、女子生徒たちではなく、主にブレザーを着た男子生徒たちだった。
紫よりも背の高い彼らが入口を塞いでいるので、教室の中へ入るどころか中の様子を伺うことすら出来ない。
紫は、苛立ちながら声を荒げて叫んだ。
「奏也! ……ちょっと、ここを通しなさいよっ」
紫が無理やり人混みを掻き分けて中へ入ろうとした時、横から誰かの手が伸びてきて、紫の腕を掴んだ。
「紫、こっち」
腕を引かれるままに人混みから逃れてみれば、それは、奏也だった。
「今日、転校生が来てさ、このとおり」
「転校生? それって、女?」
「ああ。それより、早く昼飯食いに行こうぜ。
俺、朝寝坊して朝飯食べ損ねたから、めちゃくちゃ腹減っててさぁ~……」
そう言いながら奏也は、まだ何か聞きたそうな表情をした紫を連れて教室を離れた。
売店横にある自動販売機で飲み物だけ買うと、屋上へ向かう。
普段、あまり人が立ち入らない場所なので、そこなら落ち着いて昼食を食べることが出来るのだ。
しかし、その日は、先客がいた。
屋上への階段を登り、扉を開けると、フェンスの傍に立っていた一人の女子生徒と目が合った。
空の色によく映える色素の薄いショートカットヘアに、鳶色の瞳、整った小さな顔、すらりと伸びた手足、スカートを履いていなければ、男と見間違うかのボーイッシュさだった。
紫は、一瞬面食らったが、どんな見た目でも女は女、とすぐに思い直し、いつもの威圧的な態度で身構える。
しかし、傍にいた奏也は、意外そうな声を上げた。
「あれ、君は……さっきまで教室に居たんじゃ」
その言葉に答えるように、座っていた女子生徒は、にっこりと笑って見せた。
紫が訝しげな目で奏也を見上げる。
「誰?」
「あー……ほら、さっき話した、うちのクラスにきた転校生」
つまり、先程教室で男子生徒らの注目を浴びていた当人、ということだ。
奏也は、転校生がじっとこちらを見ているのを見て、自分がまだ名乗ってすらいないことに気が付いた。
「あ、俺は……」
「同じクラスの富瀬 奏也くん」
転校生に自分の名前を言い当てられて、驚いた奏也が目を丸くする。
「え、もう名前覚えたの?」
「君は有名人のようだから」
転校生の声は、青い空に溶け込むように澄んで聞こえた。
「そっちのお嬢さんは?」
転校生の視線が今度は紫に向けられた。
紫は、両足に力を入れて踏ん張ると、胸を張る。
「柏崎 紫。奏也の許嫁よ」
転校生は、目を開いてちょっと意外そうな顔をした。
へぇ、と目を細めて紫を見る。
何か面白いものを見つけたような顔だ。
「私、空城 翼。
今日、転校してきたばかりだから、仲良くしてくれると嬉しい。
よろしく」
紫は、自分の方へと差し出された手から視線を上げ、彼女の顔を見た。
敵意のない清々しい笑顔をしている。
だが、紫には、彼女の笑顔の下に、何か得たいの知れないものが隠されているような気がして、その手を握り返すことが出来なかった。
動く気配のない紫を見て、奏也が代わりに、よろしく、と言って彼女の手を握る。
翼は、それに気を悪くした様子もなく、笑顔を崩さなかった。
その後、三人でお弁当を食べながら、学校の話をした。
紫は、始終仏頂面をして、たまに奏也の発言に修正を加えるくらいだったので、主に喋っていたのは、奏也と翼の二人だったが、互いにスポーツが好きという点で共通点があり、意外と話は盛り上がった。
基本的に奏也は、誰とでも会話を楽しめるタイプな上、翼もまた相手の話を引き出すのが得意なようだった。
「どうして皆は、富瀬くんのこと〝トム〟って呼ぶの?」
「ああ、『トム・ソーヤの冒険』って児童小説があるだろう?
小学生の頃、それで読書感想文を書いたんだけど、
『俺も将来大きくなったら、トム・ソーヤみたいな冒険家になりたい』って、
皆の前で発表したら、それ以来、皆が俺のこと〝トム〟って呼ぶようになったんだ」
「トム・ソーヤは、冒険家じゃなくて、十歳の腕白小僧よ。
本当に読んだの?」
「へぇー、そうなんだ。なんか面白そう。
今度、私も読んでみようかな。
……あ、私のことは、〝翼〟って呼び捨てにしてくれていいよ。
〝空城〟って呼びにくいでしょ。
柏崎さんのことも、〝紫ちゃん〟って呼んでもいいかな?」
「ダメに決まってるでしょ」
「俺のことは、〝トム〟でも〝ソーヤ〟でも、好きなように呼んでくれていいよ」
「じゃあ、〝ソーヤ〟で」
「呼び捨てにしないで」
「……〝奏也くん〟で。
……あれ? そう言えば、柏崎って苗字、この学園の理事長と同じじゃない?」
「ああ、紫の伯母さんなんだよ、理事長は。
ちなみに紫の父親は、柏崎コーポレーションの社長してて、昔は、伯爵家の血を継いでるとかなんとか」
「えっ、何それ、すごい! お嬢様なんだ」
「べつに。私がすごいわけじゃないし」
「二人は、いつからの付き合いなの?」
「あんたに関係ないでしょ」
「こら、紫。そんな言い方ないだろう。
紫と俺は、保育園から一緒なんだ」
「へぇ~、それじゃあ、幼馴染ってやつか。
私には、そういう友達いないから羨ましいな」
「翼は、前の学校で、何か部活とかやってたの?」
「うちの親、転勤族なの。
いつ転校するか分からないから、決まった部活には入ってないんだ。
走ったり、体を動かすのは好き。奏也くんは?」
「俺も決まった部活には入ってないよ。
でも、よく運動部のやつらに助っ人で試合に入ってくれって頼まれるから、
もし、何か気になる部活があったら、案内するよ」
「わざわざ奏也が案内する必要ないでしょ。
クラスの他の誰かに頼めば」
「紫ちゃんは、何か部活に入ってるの?」
「〝紫ちゃん〟って呼ぶな」
お昼休みの終了を告げる鐘が鳴るまで会話は途切れることなく続いた。
お弁当を片付けて屋上を出る時、翼が言った。
「あ~楽しかった。
良かったら、またここで一緒にお弁当食べてもいいかな?」
「いいわけないでしょ。もう二度とここには来ないで」
「こらっ、紫! 別に構わないだろう。
いつでも好きな時に来るといいよ。
俺たち、いつもここで昼飯食べてるから」
「ありがとう。教室だと落ち着いて食べられなくって」
奏也の態度を見て、紫は、軽くショックを受けた。
(どうして……今まで奏也が他の女に興味をもつことなんてなかったのに)
笑い合う翼と奏也を見て、紫は、直感した。
この女を奏也に近づけては絶対にいけない、と。
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