少女と旅する絵本屋さんになる話

コラム

***

かせのない状態は久しぶりで、なんだか慣れない。


私は奴隷どれいだった。


だけど、とある男が私の主人、いや元主人の悪行あくぎょうをあばいた。


元主人は当然、雇っていた用心棒やら盗賊やら傭兵をけしかけた。


だが、私たち奴隷を解放してくれた男は、想像を超えるような魔法やスキルを使って返り討ちにしていた。


男が連れていた女たちも恐ろしく強く、私の元主人は悪行をあばかれただけでなく、力押しでも完全にやられてしまう。


その後、男は私をふくめて町のみんなに感謝されながら女たちと去っていった。


きっとああいう人間が英雄と呼ばれるようになるのだろうな、と私は思った。


両親に売られて幼い頃から奴隷だった私には、なんのスキルも経験もない。


でも、それでも運よく性的なことはやらされなかった。


それは、私には顔や体にいくつもの火傷のあとがあり、それを見た元主人が気味悪がって自分の目に入らない仕事、雑用などしかやらせなかったからだ。


おかげで他の奴隷たちのような体の病気にも頭の病気にもなっていない。


ただ、どうでもいい仕事しかしてこなかったのもあって、もう成人しているというのになんのスキルも持ってない。


私は自由になれたのはよかったが、この先どう生きていけばいいのか。


ひとまず食べていくために、馬車組合で馬の世話をする仕事に就いた。


臭い馬小屋を掃除し、馬にえさをやったり体を洗ってやる仕事だ。


報酬ほうしゅうは少なかったが、これ以外に私にできる仕事はなかった。


仕事を始めて数ヶ月が経った頃――。


私を雇っている馬車組合の代表の娘が、馬小屋にやってきた。


なんでも他の人間の話からするに、年齢は五、六歳で、男の子も顔負けの快活かいかつな少女らしい。


「ねえ、あなた。なんかおもしろい話をしてよ」


彼女は他の大人たちとは違い、私の火傷を見ても気にせずに声をかけてきた。


挨拶あいさつもなしにずいぶん失礼な娘だなと思っていると、彼女は私の手を引っ張ってくる。


私は雇い主の娘を冷たくあしらうわけにもいかないと思い、お昼の休憩まで待ってほしいとお願いした。


「絶対だよ。この町の人ってみんな退屈だったの。だからあなたには期待してるね」


雇い主の娘は、そんなよくわからないことを言って、私の仕事が終わるのだまって待った。


それから休憩の時間になり、食事をするため、娘と席につく。


娘はパンをかじりながら、面白い話ならなんでもいいから話してくれと言い続けていた。


英雄譚、恋愛譚、冒険譚なんでもいいから、とにかく胸がおどるような物語を聞かせてとせがんでくる。


私はなんとか話をひねり出し、娘に物語を聞かせた。


おりに閉じ込められた傷だらけの竜が自由になり、冒険を始める話や、みにくい女が善行を積み、人から愛される話をした。


我ながら適当に口にした物語だったので恥ずかしかったが、娘は面白いと言ってくれた。


「ねえ、あなたの話をあたしの友だちにも聞かせてあげたいんだけど、いいよね」


娘は私の話が余程気にったようで、友人の前で披露ひろうしてくれと頼んできた。


しかし、私は馬の世話があり、昼夜ずっと馬車小屋から離れられない。


どうしたものかと二人で考えていると、娘が言った。


「そうだ! あなたの考えた話を本にしましょう!」


娘の提案に私は戸惑っていたが、彼女は気にせずに話を続ける。


「そうね、絵もあったほうがいいわ。絵本なら私よりも小さい子でも楽しめるもの。道具は用意するから近いうちに書いておいてね」


こうして私の意思など関係なく、娘との絵本作りが始まった。


本とはいっても紙に簡単な文章と子供向けの絵を描くだけのものだったが、いくつか完成し、娘は意気込んで友人に見せて回った。


どうやら評判は悪くないようで、娘はまるで自分が作ったかのように自慢して町に広めていったらしい。


「今日から馬小屋の仕事はしなくていい」


絵本ができあがってから数日後――。


突然、雇い主に呼び出された私は、解雇を言い渡された。


まさか絵本を作ったせいかと思っていると、雇い主は言う。


「実はうちの娘が、お前さんと本格的に絵本を売りに出したいみたいでな。町でも人気があるみたいだし、今度、隣町でも出そうということになったんだ」


驚いたことに、雇い主は私の作ったもので商売を始めようとしていた。


話によると、絵本作り自体は原価が大したことないので、とりあえず言い出したら聞かない娘を満足させるためらしい。


私は急にそんなことを言われて困ってしまったが、その場にいきなり現れた娘が意気揚々と言ってきた。


「まあ、そういうことだから。あなたはこれから、あたしと一緒に絵本を売り歩く旅に出るのよ! さすらいの絵本屋さんよ!」


言葉を失っている私の横では、娘の父である雇い主が呆れてため息をついていた。


すでに旅の支度も整っているらしく、今すぐ出発すると娘は声を荒げている。


無理だと返事をしたが、娘は私の目を見つめて手を握りながら言ってくる。


「だいじょうぶ! あなたの話は面白いもの! これから腕を上げればもっと良いものができるわ! でも、絵のほうはもうちょっと頑張ったほうがいいかもね。なんだったらあたしが描いてあげるし!」


こうして私は、奴隷から馬の世話、そして娘と絵本を売り歩くことになった。


正直、不安のほうが多かった。


だけど、それでもなんだか胸が熱くなっていくのを感じていた。


そしてこれから各地を回り、雇い主の娘と私は、旅の本屋として徐々に知名度を上げていくのだが。


それはまた別のお話。


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