第8話 とある侍女の呟き(男爵家侍女視点)

「おかえりなさいませ、お嬢様。先程、宝飾店の方がお嬢様がご注文なされていた新しい髪飾りを届けに来られていましたよ」


 学園から帰ってこられたお嬢様にそう告げると、ひまわり色の艷やかな髪が揺れて、花が咲いたような笑顔で「嬉しい!早く見たいわ」と楽しそうにおっしゃられた。今やお嬢様の笑顔はこの屋敷で働く全ての使用人の癒しとなっているので、この場に居合わせた使用人たちの心がほっこりしたことは言うまでもないでしょう。やはり、わたしのお仕えするお嬢様はとてつもなく可愛らしいのです。この数年間のお嬢様の事を知っていれば尚更でございます。


 そう、最近のお嬢様はすっかり変わられてしまいました。もちろんいい意味にですが。












 わたしはとある男爵家で働いている侍女でございます。その由緒正しき男爵家のひとり娘であるお嬢様は、貴族令嬢なのに見た目も性格もどこか地味な印象のあるお嬢様でございました。元々引っ込み思案で人見知りなお嬢様でしたが、婚約者が決まってからはそれに輪をかけて地味で冴えないご令嬢と化していってしまったのです。ですが、わたしの勘が「少しでもお手入れすればきっと花開くように可愛らしくなるはずです」と訴えていたのです。何度かそれとなく手入れさせて欲しいとお願いしてみましたが、お嬢様には頑なに拒否それてしまうのです。「私にはもったいないから」と。


 普通なら、婚約者が出来れば少しでも綺麗になりたいと思うのが乙女心のはずだと思うのですが、お嬢様は違ったようでした。相手に好意がないならまだしも、お嬢様の方は少なからずとも婚約者の子爵令息に想いを寄せているように見えたからこそのお願いでしたが、腕を奮えなくて残念でなりません。それに、屋敷内ではそれなりに明るく振る舞っているお嬢様ですがなにかお悩みになっているのかもと心配でございました。


 あの日もそうです。


 いつものように学園に行かれたお嬢様が、その日は全てを諦めたような目をしてびしょ濡れで帰宅されたのです。


 もちろんお嬢様はその理由を教えてはくれません。本当は無理矢理にでも聞き出したい気持ちを抑えて黙って入浴の準備だけしました。そしてそれから数日、お嬢様は学園をお休みになられたのです。勉強だけは力を入れて頑張っておられたお嬢様が「……体調が悪いから、学園に行きたくないの」とボソリと呟かれた時は胸を貫かれる想いでした。今のお嬢様には休息が必要だと、勝手ながら判断したわたしはお嬢様の体調不良を男爵夫妻に申し出ました。


 表向きは“体調不良”としていましたが、絶対になにかがあったのでしょう。それも、かなりショックなことが……。お嬢様の相談相手にもなれない自分が不甲斐ないです。しかしお嬢様はその理由を誰にも知られたくないご様子でした。ならば、せめて屋敷の中だけでもお嬢様の心の平穏を守るのが侍女の役目でございます。それにもうすぐお嬢様の楽しみにしておられた流星群の日が来ます。滅多に見られないものですから、お嬢様も流星群を見れば元気になられるかもしれません。そういえばお嬢様の婚約者からカードが送られてきたみたいですが……お嬢様の反応を見ればあまり良くない内容だったようです。これまでは1枚のカードにそれは嬉しそうにしていらしたのに……。お見舞いにもこないならせめてお嬢様を元気づける内容のカードを送って欲しいものですね!こうなったらせめてお茶とお菓子を用意して少しでも元気を出してもらいましょう。お嬢様がお許し下さるなら一緒に夜通し星を眺めるのもいいかもしれないと思っていました。




 しかしその日、お嬢様に「体調不良は寝不足が原因だからとにかく眠りたい」、「人の気配を感じたくない」と人払いをされてしまったのです。そう言われてしまったらうかうか部屋に近づけません。「緊急の時はすぐにお呼びください」と言ったものの心配でしたが、お嬢様のご命令に逆らうわけにもいきません。


 そしてその夜、言葉では表現出来ないほどの流星群を目にしたわたしは祈ったのです。





「お嬢様が幸せになれますように」





 わたしの望みはお嬢様の笑顔を見ること。こんなにたくさんの星が流れているのなら、どれかひとつくらいはわたしの願いを叶えてくれるかもしれません。わたしは何度も何度も夜空に煌めき流れ続ける星たちに願い続けたのでした。






 そして翌日、珍しくお嬢様が身支度の為にわたしを呼んでくださいました。少し目元が腫れていたように見られましたが身支度が終わった頃にはそんな形跡もなくお嬢様も平気そうだったので特には言葉にしません。せっかくお世話をさせてくださっているのだから下手に言葉にしてお嬢様を傷付けてはいけませんから。


「お嬢様、昨夜の流星群はご覧になられましたか?コックのマイケルが新しい食材が手に入るようにと願い事をしたらしいですよ」


 心配していたなんて悟られないように髪を整えながら他愛もない話題を口にすると、なんとお嬢様がにっこりとわたしに向かって微笑みを見せてくれたのです。


 いつものなにか本心を隠したり卑下しているような無理な笑顔ではなく、とても楽しそうな笑顔を。



「もちろん見たわ。実は私もお願い事をしたのよ」


 そう言ったお嬢様の瞳には、もういつもの不安の陰りはなかったのでした。





 それからお嬢様は人が変わったように自身の美容にも興味を出され、あっという間に美しい令嬢に生まれ変わられたのです。やっとお嬢様を美しく変身させることができると、とても嬉しかったのを覚えています。


 そしてお嬢様はわたしの勘の通りに、それはそれは美しくなられました。自信に満ち溢れ、それでいて儚げで……花が咲き誇るような笑顔がすべての人を惹き付ける。そんな素敵なご令嬢に生まれ変われたのです。


 果たしてこの事態は、あの流星群がわたしの願いを叶えてくれたのでしょうか?でも、もし違っていてもいいのです。重要なのはお嬢様が心からの笑顔でいられるかどうなのですから。




「きっと、お似合いになられますよ」



 思わず口元を綻ばせながらそう口にすれば、リリアナお嬢様はとても嬉しそうに微笑んでくれたのでした。



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