第6話 魔法使いになれるならば

『あなたは……何者なんですか?』


 クラスメイトたちをすっかり懐柔したその日の夜、自室で窓から夜空を眺めながら「今日もいい仕事したなーっ」とのびをするオレに、“リリアナ”が語りかけてきた。


「ん?リリアナだけど?」


『ふざけないで下さい!だって……こんなたった数日で、私もあの人たちもこんなに変わるなんて……これもあなたの魔法の力のせいなんですか?もしかしてあなたは物語に出てくるような魔法使いで、私に魅了の魔法をかけたとか……』


 確かにクラスメイトたちの態度は激変したが、まさかそれをオレの“魔法”の力のせいだと勘違いしているようだった。残念ながら魅了の魔法なんて便利な魔法が使えていたらオレはあんなに苦労して状態になんかなってやしない。というか、俺の事を魔法使いだと思っているようだけど……俺の存在なんてそんなにいいモノではないんだと、つい口に出してしまいたくなる。


「……なに?オレのことが知りたいの?オレに惚れたら火傷するぜ~」


 少し意地悪く聞いてやれば、『んなぁっ?!』とわかりやすく慌てだした。今は内側から〈声〉が聞こえている状態だが、きっと真っ赤になりながらわたわたしているんだろうなぁと思わず頬が緩む。


『そ、そんなんじゃありません!……で、でも、知りたいとは……思ってます。ーーーーだって、あなたは私の事をよくわかってらっしゃるのに私はあなたのことを何も知りません。助けてもらったことは理解していますが、名前も顔も知らない方にこうやって体も取られたままですし……そ、そろそろ返して頂きたいと「えー。お風呂と着替えの時は侍女に任せて、ちゃんと目を瞑ってるよ?」当たり前ですぅ!』


 あまりからかうと本気で怒られそうなのでオレはかなりの嘘を混ぜこんだ少しだけ本当の事を教えることにした。“リリアナ”を警戒しているとか信用していないとか、そんなんじゃない。彼女の中に入ってその記憶や思考は全てわかっている。……この子は素直で純粋で……に巻き込んでいい相手ではないのだ。


「ごめんごめん……。そうだなぁ、別に魔法使いってわけじゃないけどーーーー。うーん、実は記憶喪失みたいな?自分の名前もわからないんだ。……だから、君を助けたのは偶然だよ。魔法は……たぶん突然変異的なものかなって感じかな?」


『えぇっ……記憶喪失?!偶然で突然変異……?魔法使いとは違うのですか?あの、私はてっきり今はほとんどいないけれど昔は国の中心となって活躍していたって伝説の方の生き残りかと……。その、よく読んでいた本に……正体を隠して生き残っている魔法使いが今は希少となっている魔法を使って人々を助ける話が載っていて……。だから、最初は驚いたけれど……困っていた私を助けて下さってのかと……』


「……え」


 たぶんだがそれは子供向きのお伽噺だろう。みんなの幸せのために人助けをするヒーローのように都合良く書かれたものだが、実際の魔法使いにだってもちろん悪者はいたし、魔法を悪用する輩もいたはずだ。確かに昔は魔法使いは存在していたがそれは大昔に大罪を犯した魔法使いを罰した時に善良な魔法使いも巻き添えをくらってそのまま消え去ったと言われている。それから魔法使いたちの血筋は途絶え人々の前から姿を消したのだそうだ。“魔法を使える者はほとんどいない”と云われているが、それは妄想の域を超えない。だからこそ物語やお伽噺として広められているのだ。


 それでもその偉業を忘れられない奴らがいるから“オレのような”モノがいるのだろうが……。


 それに、なぜリリアナを助けたのかと聞かれれば本当に偶然なのだ。たまたまオレがあの状態の時に、たまたま彼女を見つけてしまった。それからなぜか目が離せなくて、助けられないのがもどかしくて……今でも死のうとした彼女の姿が目に焼き付いて離れない。本来ならこんな風に人の体を乗っ取るような事など出来るはずはなかったのだが、あの夜の流星群が奇跡を起こしたとしか思えない。


『あ、あの……。ごめんなさい!私……助けて頂いたのに記憶喪失の方に対して失礼なことを……!記憶喪失なんて不安ですよね。それなのに魔法使いが現れたなんて浮かれて……。そ、それならご自分の体もわからないんじゃ……。わ、私に!助けてもらった恩返しに記憶を取り戻すための協力をさせて下さい……!』


 黙ったままのオレに不安を感じたのかリリアナが申し訳無さそうに声を出した。どうやらオレが怒ったと勘違いしたらしいが、そんな事あるはずがない。オレなんかをヒーローのように思っていてくれたと考えたら嬉しくて泣きそうになる。オレはそんなに……イイモノではないから。


 でも、きっとリリアナも……オレの正体とこの能力を持った経緯を知ればのようにオレを……“バケモノ”だと恐れ嫌うかもしれないだろう?なぜかそれだけはどうしても嫌だったから、やっぱり本当のことは言えないんだ。


「……ほんと?じゃあ、お言葉に甘えてオレの記憶が戻るまで一緒にいさせてくれる?これからも体に住まわせてもらえるなんて助かるなー」


『は、はい!私の体でよければ……って、あれ?じゃあやっぱり私の体は今のままってことですか?!』


「それじゃ今夜も侍女に頼んでたっぷり美肌マッサージしてもらおうな~!目指せ、つるんとゆで卵肌!あ、新しい髪型もチャレンジしてみようぜ!絶対可愛いから!」


『き、記憶の方は……』


「いやぁ、リリアナを可愛くしてたら記憶が戻るような気がするんだよなぁ」


『えぇぇぇぇ……?!』


 さぁて、それじゃ本人の許可(?)も得たことだし、明日も頑張りますかぁ!


 叶うならば、君だけの本当の魔法使いになれたらいいのに。そんな想いを込めて、オレは再び夜空の星を見つめるのだった。


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