第十六話 ただ進む時の中で


 魔物たちの討伐を終え、村に戻った俺たちを迎えたのは村長とタラネルの他、数名の村人達だった。


「おお、ペル、スコル殿、戻ったか。無事で何よりじゃ」

「怪我もなさそうだな」 


 ピンピンした様子の俺たち、というか、ラピスことペルを見て、彼らは安堵の息を吐く。よほど大切に思われているらしい。 

 そのペルも彼らは信頼しているようで、初め俺に向けていた視線からは考えられないほど優しげな笑みを浮かべている。


「魔物の殲滅は完了したわ。ちょっと数が多かったから纏めて吹き飛ばしちゃったけど」 

 本名をスピネルというらしい彼女は、少し申し訳なさそうに言う。聞いたところによると、彼女の倒した魔物は村人たちの手によって処理され、その素材を売却する事で村の財源としているらしい。とはいえあまり金銭を使う機会が無い上、臨時収入に過ぎないようで、その場の誰も気にしている様子はなかった。


「そういえば話の途中じゃったな」 


 村人たちが各々の仕事へ戻っていく中、村長がこちらへ振り向いた。


「儂としては村の為に尽力してくれたお主に宿を提供してやりたい。しかし、お主も見たじゃろう。ここ最近魔物の増えている中、この村が無事なのはペルのおかげじゃ。彼女の意見を無下にはできん。どうしても滞在したければ彼女を説得してくれんか」 


 悪いの、と続ける村長は本当に申し訳なさそうで、人柄が伺える。同時に村長としての役割も果たそうとしているのも分かる。 

 仕方がないと、ペルの方へ向かおうとしたが、どうやら彼女も今の会話を聞いていたらしい。


「いいわよ、別に」 


 そう言いながら、こちらに近づいて来た。


「本当に良いのか?」

「ええ、ソイツは、なんていうか、昔の知り合いの関係者というか、まあ、そんな感じだから」 


 村長は不思議そうにしていたが、ペルが良いならと空き家に案内してくれる事になった。 

 しかし、昔の知り合いの関係者か。間違ってはいないが、相変わらず誤魔化すのが下手らしい。思わず笑ってしまいそうになるのを我慢して、歩き出した村長に続いた。 


 案内されたのは四人で住んでも窮屈さは感じないだろう広さの木で造られた平屋だった。この作りを見ても、魔物の襲撃はあまり想定されていないように感じる。やはり、今の魔物の数は異常な事態らしい。


「途中にも話した通り、滞在を許す条件は襲撃して来た魔物の討伐とその素材の大半を納めることで良いな?」

「はい、十分です」 


 村長は満足げに頷くと、自分の家へ戻って行く。引き渡す素材も大半と言いつつ、適当で良いらしいから、食事の提供もしてくれる事を考えれば破格の条件だろう。  

 さて、話すべき話をしよう。その相手も聞きたい事があるようでこの場に残っている。


「で、今はスコルだったっけ? あんた、何しにこんな所に来たのよ」

「それを話す前に、ラ―― 、ペル、この村がどの辺りにあるか把握しているか?」

「ええ、ざっくりはね……て、まさか」 


 相変わらず察しがいい奴だ。


「そのまさかだ。スライムヘルの封印が解けかかっている」 


 ペルの目が見開かれた。彼女も、ヤツの恐ろしさはよく知っている。


「ここからは座って話そう」

「……ええ、そうね」 


 居間の中央にあった木のテーブルを挟んで椅子に座り、彼女の目を真っ直ぐ見る。


「最近魔物が急増しているのはその影響だろう。逃げて来ているんだ」

「……はぁ、なるほどね。それで、アンタが態々戦う意味は? どうせまた新しい英雄候補がいるんでしょ?」 


 平静を装ってはいるが、『英雄候補』と言う時のペルの声は明らかに冷たい。当然か。俺たちは、その『英雄』になってしまったが故に殺されたのだから。


「ああ。ジークを覚えているか? アイツが今代の英雄候補だ」

「ああ、前に助けてアンタに懐いてた。……そう、気の毒にね」 


 同情しているのは本当か。ただ、以前の彼女らしからぬ淡白な反応だ。


「このままスライムヘルと戦わせたら、その英雄になる前にアイツらは死ぬかもしれんがな」 


 スライムヘルはドラゴンすらも捕食対象とするような化け物だ。魂装を使って尚ベヒモスに苦戦する今の彼らでは手に余る。


「その方が幸せなんじゃ無い?」

「……お前も、人間を恨んでいるのか」

「当たり前でしょ!? 身勝手な理由で火炙りにされて、石をぶつけられて……。どうしてアンタはまだ人の為に戦えるのよ!」 


 彼女はテーブルを両手で叩きながら立ち上がり、前のめりになって俺を睨む。宝石のような真っ赤な瞳に、メラメラと燃える炎が映る。


「……全ての人間がああな訳ではない」 


 今の両親に流星の跡の面々、ロイドでは無くスコルとして出会った中にも、平和を脅かされる事なく生きるべき人間は多い。為政者だって、全員が全員しきまみれ、己の保身ばかりを考える連中と言うわけでも無い。 

 それはコイツも分かっているだろう。だから、真っ直ぐ彼女の目を見つめ返す。


「……はぁ。アンタらしいと言うか何と言うか」 


 ペルは椅子を引き戻して座ると、魔法で生み出した氷を口に含んだ。


「仕方ないから手伝うわよ。アンタの剣じゃ相性悪いし、初めからそのつもりで話したんでしょ?」 


 全部お見通し、か。


「……良いのか?」

「私だって、この村の皆んなは大事だもの。それに、友達が死にに行くのを黙って見てるほど薄情じゃ無いわ」 


 どこか照れくさそうにそっぽを向いて言う彼女に、思わず笑みが漏れる。こういう所は変わっていない。


「そうと決まったら色々準備しないと。出発は明後日以降ね。私がいない間の村の守りも固めないとだし」

「ああ、分かった。必要な事があれば遠慮なく言ってくれ」

「いいわよ、ゆっくり休んでて。あ、もし準備中に魔物が来たらアンタが対処してちょうだい。たぶん、手が離せないから」 


 それだけ言ってペルは出ていった。早速村の備えをしに行ったのだろう。思い立ったら即行動。それが彼女の信条だった。 

 礼を言いそびれてしまったな。彼女は気にしないだろうが、また改めて言おう。

 

 翌々日、俺たちはペルの暮らす村を出発した。準備は案外で早く済んだ。村のもの達が協力的だったのと、俺の持っていたベヒモスの素材が村に張った結界の核として使えた為だ。結果、魔物の群れの襲撃も一回で済んだ。 

 しかし、一時的なものとは言え、いとも容易くこれ程の強度を持った結界を貼るとは。魂装抜きで言えば俺たちの中で一番規格外なのは彼女だろう。 


 二人だった事もあり、スライムヘルを封印している洞穴には予定よりも早く着いた。今日は入り口前で一泊して、明日の朝、討伐に挑む。洞窟の入り口は知らずに中へ入って封印を解いてしまう人が出ないよう、幻影と結界で封じられている。


「……まだ封印は解けていないみたいね」

「ああ、良かった」 


 移動の疲れを残したまま戦うには少々厳しい相手だ。

  

 日は既に殆ど傾いており、間も無く夜になるだろう。 

 焚き火を起こし、魔物対策をしてから食事の用意を始める。


「……懐かしいわね。あの頃もこうして、野営してた」

「ああ。そういえばお前、初めの頃は野営のやの字も知らないでよくアルザスに怒られていたな」

「う、うるさいわね、仕方ないじゃない!」 


 頬を赤らめる彼女に、つい笑ってしまいそうになる。我慢している事に気がついたらしく、そのままソッポを向いてしまった。 

 まあ実際、彼女の言い分は正しい。彼女の自分で言っていた通り町の周辺から出た事の無かったのなら、知る事のない知識だ。


「アンタだって、旅の間ところ構わずレティとイチャコラしてさ。毎度見せつけられるこっちの身にもなってみなさいよ!」

「悪かったよ……くくっ」 


 謝りはしたが、笑いは抑えきれない。ペルが満足げにしているものだから余計におかしい。 


 そうだった、あの頃は、どんな強敵との戦いの前でもこうして笑っていた。


「……本当に、懐かしい」

「そうね……」 


 ペルの瞳が遠くを見る。もう二度と取り戻すことの出来ない、遥かな過去を。たぶん、俺の目もそうなっているんだろう。


「まあ、アンタが元気そうで良かったわ」 


 彼女のその笑みは、あの頃と同じ、天真爛漫を絵に描いたような輝きで、今の俺には眩しい。


「そうだ、私とアンタがこうして転生してるんだし、デミカスもどこかにいるんじゃない?」 


 心臓が強く脈打った。


「そう、だな」 


 言うべきか。デミカスを、アーグを殺してしまったと。 

 いや、少なくとも今では無い。スライムヘルとの戦いの前に言うことではない。その筈だ。


「ん? どうかした?」

「……いや、なんでもない。デミカスもだが、レティやアルザスもどうしているのか」 


 生きているのは知っている。俺たちの冤罪を晴らしてくれたのは、他でもないレティだ。


「え、あ、そうね! きっと元気よ! うん!」 


 ……本当に、隠し事が下手なやつだ。


「変わらないな、お前は」

「あー、うん……はぁ。降参よ、降参」 


 ペルは両手を上げ、首を横に振る。


「レティは聖国で隠居生活中、と言いつつ、実質一番教会内で発言力があるみたい。直接教会運営には関わらないようにしているみたいだけど、私の事がバレてからはアンタ達の捜索をしてたみたいよ? 今でも偶にやり取りはしてる。アンタが転生してる事も、実は聞いてたわ」

「なるほど、反応が思ったより薄いとは思っていたが、それでか」 


 偶に来る行商人がしていた噂からペルは見つかったらしい。これは、俺のこともバレている可能性があるな。まあ今はレティから接触がない限り、会う事は無いだろう。何より、合わす顔がない。


「それで、アルザスは?」

「……アンタも気付いているでしょ?」

「……ああ」 


 そうだろうとは、予測していた。信じたくは無かったが。


「アイツは裏切り者よ。アイツのせいで、私たちは殺された」 


 ペルの声が低く、暗くなる。仲間だと思っていた相手だ。当然だ。その気持ちは、俺もわかる。


「許さない……て言いたい所だけれど、アルザスはアルザスで家族を人質に取られてたみたいなのよねー。仕方ない、とはならないけれど、謝りに来たら許してあげなくはないわ」

「……くくっ、そうだな」 


 アイツの家族は、王都に住んでいたからな。子どももいた筈だ。


「そーよ、アイツ、合わせる顔がないとか言って未だに謝りに来ないのよ⁉︎ 私の事見つけたの、アイツって聞いてるのに。良いから来なさいよね! 一発ぶん殴ってやるんだから!」

「怖い怖い。その時は、俺も便乗しておくか」

「そうね、それがいいわ!」 


 まったく、アルザスも変わっていないらしい。無駄に真面目で。


「アイツに、家族がいて良かったよ」

「……そうね」 


 そうで無かったら、とっくに自殺していてもおかしくない。そういう奴だ。 


 そんな話をしている間に食事も終わってしまった。そろそろ体を休めなければ。


「さて、寝るか。魔物避けの効力は前と同じで良いんだろ?」

「そんな訳ないでしょ? 前より上よ」 


 さすがだな。 

 ドヤ顔に少し笑ってしまったが、それだけの事なのは間違いない。  


 スライムヘル、今度こそ、倒す。 

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