第ニ話 止まれない


「あ、スコル君」


 今俺がいるのは、シュメル国の王都ウルクにある冒険者の酒場。正式名称は、冒険者扶助管理組合依頼仲介局支部……だったか?

 まあそんな面倒な名前誰も呼ばない。多くの場合酒場が併設されているという理由で、冒険者の酒場とか、単に酒場とかって呼ばれている。


 めんどうな正式名称にもあるように、冒険者の管理やサポートをする組織の、依頼を仲介してくれる場所だ。


 俺に声をかけてきたのは受付嬢のサテラ。一月前にここを拠点にしてからの顔なじみだ。

 スコルというのは俺の今生の名前になる。


「今日は…バーサクベアの討伐ね。スコル君なら平気だろうけど、気を付けてね」

「ああ、わかってるよ」


 彼女はまだ十七で、結構美人だ。

 その彼女は俺のことを弟の様に思っているらしく、何かと気にかけてくれるのだが、初めの頃はそれで絡まれたものだった。

 とはいえ、当時すでにCランクだったし、身体能力はともかく技術面ではSランク。当然返討ちにした。

その中にはそこそこ名のあるやつもいたから、今じゃ絡まれることもない。


 閑話休題。さっさと依頼を片付けよう。




◆◇◆

 街を出て、向かったのは東の方、目視できる距離にある森だ。

 浅い所は強い魔物は少なく、常設されている依頼の収集物である薬草の類なんかは多い。 所謂≪いわゆる≫「初心者の森」というやつになる。

 発展している街の近くにはある事が多い……というか、街はそういった利益を得やすい森なんかがある場所に栄えやすいのだ。


 今回の標的、バーサクベアがいるのは本来それなりに深く入った所。

 だが今回は見習いどもの行動範囲近くまで出てきてるそうで、依頼になっていた。


 さて、いつも通り訓練しながら向かうとしよう。

 森歩きの訓練、と言っても間違いではないが、少し違う。

 俺の目的は、英雄を生まない事だ。ならば、隠密行動がとれないと話にならない。その訓練だ。


 パーティとして、最低限は出来るようにしていた。 幸い、アルザスにその辺の事を習ってた事もある。

当時は俺の気質には合わなかったから、対して続かなかったが、今は必要だからな。


 …………アルザス、お前の技、頼らせてもらうぞ。




 気配を消し、闇に紛れて標的を探す。

 森に入ってから、かれこれ二時間。

 そろそろ奴の縄張りの筈なんだが……。


 いた。


 情報通り、番≪つがい≫らしき二体……。時期的に子供がいてもおかしくない。 ……先に探すか。

バーサクベアの子供はなぜか、親が死んだことを離れていても認識できる。先にあの二頭を殺してしまうと、巣穴から動き回られて見逃す恐れがあるのだ。


 二体の気配を常に意識しながら、奴らが歩いてきた方へ急ぐ。 見習いどもは森への立ち入りを禁じられている筈だが、強制はできない。 万が一を考えよう。


 そして見つけた。

 バーサクベアの好きそうな、緩い上り坂が奥へと続く洞穴だ。


 子供の気配は三。

 来てよかった。

 むっ、親のバーサクベアが此方へ走ってきている。 野生の勘か?  時間はなさそうだ。


 匂い消しの粉を撒き、洞穴の奥へと走る。

 それほど深くはない。 すぐに最奥へたどり着いた。


「kuuun. kum?」


 こちらへ円らな瞳を向ける、無警戒の三匹の子熊。


「お前らに恨みはないが、ここに居られたら困るんだ。 ………だが、まあ恨む分には好きにするがいい。 冥界で、な」


 流石にこの子熊達を斬るのには抵抗があったのか、らしくもなく語りかけてしまった。


 一息に三つの首を切り飛ばしながら思う。


 ――――すまんな、人間の身勝手に巻き込んで。


 と。

 それはきっと、元英雄らしからぬ思考だったのだろう。

 彼らは、マモノだったのだから。


 だが、今も昔も、俺の理念はかわらない。


「俺が守りたいのは、人間の平和だ」


 そう、平和なんだ。


 ……まだ臭い消しの効果は切れていない。

 もう間もなく、親熊がこの惨状をみて、怒り狂うだろう。

 そして俺にその激情の牙を向けるはずだ。


 だから、そうなる前に気配を消し、天井付近の死角に潜む。


 ―――来た。足音だ。


 その音は落ち着いている。

 血の匂いも消えているはずだから。


 そして。


「Gou?……Guaaa…」


 一瞬できた、茫然とした母熊の隙をつき、落下してその太い首をはねた。


―――Guooooo!!!


 そして洞穴の外、いくらか離れた辺りで家族の血の匂いと死に気づいた父熊の怒号が聞こえた。


 守るべきものを守れなかったものの叫びだ。


 ……あいつは正面からやろう。


 洞穴から急いで出る。


 そして、正面から飛び掛かってきている父熊の爪を剣ではじき、鼻面に足裏を叩き込む。


 いくらCランク相当の強靭な魔物であろうと、冒険者のBランク並みの身体能力で弱点を蹴られては悶絶するより他にない。ましてや、自ら勢いをつけて蹴りに飛び込んだ形だ。


 必死に距離をとって体制を立て直そうとしている父熊に肉薄し、やたらめったらと振られる右腕を切り飛ばす。


 怒りと困惑で平静を失った守護者は、それだけでバランスを崩し、断頭台へと自らの首を晒した。

 その燃え上がる目に映るのは、引き裂かれ、ただの肉塊になった俺だろうか。


「そんな目で見るな。俺はただ、理不尽にお前の家族を殺し、お前を殺す。

それだけだ。……それだけなんだ」


 俺の言葉が、父熊に届いたかはわからない。

 ただ、巨大な肉塊が増えたことは紛れもない事実だ。


 そうして、バーサクベアの討伐が終わった。






◆◇◆

 街の東門を、馴染みの門番と声を交わしながら抜ける。


 酒場までの道を歩いているわけだが、どうも家族連れが目に入る。


 俺がこれから守っていくもの。守ってきたもの。


 そして……壊していくもの。


 相手が生きている以上、当然の話だ。


 英雄はただ光の中を歩めばいい。


 その後ろにできる影には気づかない。気づいてはならない。


 だが、俺はもう英雄ではない。


 影を歩み、常にその影を見つめ、背負っていく。



 英雄の光があるところに影はできる。


 なら俺は、影を生み、光を作ろう。


 どちらも強すぎてはいけない。


 暗すぎる影は人の平和を壊し、より強い光を生む。


 強すぎる光は、やがて眩しすぎて消される。


 そして強すぎる残光が、真っ暗な影を生み出す。


 バランスだ。



「あ、スコル君!」


 突然かけられた声に、一瞬驚きで固まってしまった。


「無事みたいね。よかった…」

「まあ、難しい依頼ではなかったからな」

「もう、Aランクとかならともかく、ソロで同ランク帯の魔物相手にそんなこと言えるの、スコル君くらいだからね?」


 それもそうか、と頬をかきながらバーサクベアの討伐証明部位である右手を、提出する。

 素材の買い取りなら別カウンターになるのだが、依頼の目標の証明部位だけはここで出すことになる。


 他の三つは出さない。出せない。

 魔物はマモノであるほうが、都合がいい。少なくとも、多くの人間にとっては。ここでこんなことしても意味はないかもしれないが。


 子熊はあの洞穴に埋めてきた。親熊も一緒に。

 肉だけは命を奪った責任としてもらったが、他は全部、土の下だ。


 ………俺はいったい、何をしてるんだろうな。






 再び思考の海に沈んでいると、周囲が騒がしいのに気が付いた。


「おや? スコルじゃないか。奇遇だね」


 そして声をかけてきたのは、金髪でさわやかな笑顔をふりまくイケメン。

 対魔王パーティリーダー、【虹色のアルコ・エスパーダ】ジークフリートだった。

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