この世界に英雄はいらない

かかみ かろ

第零話 英雄


 歓声が聞こえる。


 人々が俺を称える。


 仲間で一番頼れる盾役、デミカスが恥ずかし気に、でも嬉しそうに手を振っている。


 聖女と呼ばれたレティは、その名にふさわしい微笑みをうかべ民衆にこたえている。


 魔法使いのラピスは、いつものようにノリノリだ。


 斥候のアルザスも、相変わらず油断ない感じだが、誇らしげにしているのがわかる。


 かつての仲間たち。あの日の光景だ。


……これは夢か。


 場面が切り替わる。


 謁見の間、王が俺をねぎらい、称える。


 姫様が、俺たちへ褒美に、国宝だという一そろいの腕輪を渡している。


 この時、姫様の表情の意味をしっかり考えていたら……いや、やめよう。


 謁見の間を出、正装に整えた俺たちが広場に面したバルコニーへ向かっている。


 その扉を開くと、忘れがたい広場に集まった民衆が俺たちを迎える。


 凱旋で慣れたのか、さっきは恥ずかし気にしていたデミカスの顔には誇らしさと喜び以外の感情は見えない。

 他の仲間も同じように、希望に満ち溢れている。


 民衆の声が、俺の世界を明るく照らしている。


 また場面が変わった。


 これは、あの凱旋の日から一年ほど経ったあの日だ。


 久しぶりに集まった俺たちが、豪華な食事を囲んでいる。


 レティの姿はない。

 都合がつかなかった、という話だが…。


 アルザス、この時、お前はどんな表情をしていたんだ?


 豪華な食事が消え、世界が赤と黒で染まった。


 あの広場に人々が集まり、俺たちを見ている。


 その顔に浮かぶのは、激しい怒りと、憎しみだ。


 いくら濡れ衣だと叫ぼうとしても、口をふさぐ粗末な布きれがそれを許さない。


 視線が横へ向いた。


 ラピスの顔に浮かぶのは、困惑、そして絶望。


 その向こうのデミカスは、あれは諦観か。


 他の二人の姿はない。


 王が、俺たちの罪状を声高に読み上げる。


 嘘と悪意に塗り固められた、偽りの罪状を。


 この時、姫様がどうしていたのか、俺は知らない。


 俺たちの自由を奪う磔台≪はりつけだい≫の足元、組まれた薪に火がくべられる。


 血で既に赤かった視界に、別の赤色が加わった。


 人々が、俺たちに石を投げつける。


 恨みの言葉と共に。


 ラピスの悲鳴が耳を貫く。


 デミカスは、ただ耐える。


 俺は……どうだったのだろうか。


 最後に見えたのは、一切の表情を見せずに屋根の上に佇≪たたず≫むアルザスだった。














◆◇◆


「……今更、あの時の夢を見るなんてな」


 目が覚めた俺は、焚火≪たきび≫の前で一人呟く。


 何にしても、こんなところで居眠りするなんて不用心だった。疲れていたのだろう。


「復讐なんて、するつもりはないんだが。恨みは、していたということかもしれん」


 夜の闇に、俺の独白は消えていく。


 焚火はただ燃え、バチバチと薪が残った水分ではじける音を上げるだけだ。


「ま、このまま今の生き方をやめるつもりはないし、やめるわけにはいかないがな」


 俺は立ち上がり、焚火の始末をする。


 これからするのは、影の仕事。


 きっと、多くの人間には理解されないだろう。


 だが、やらなければならない。


 魔王を討った、元英雄として。


 この世界の平和を守るため、俺はあいつらの邪魔をする。


「さあ、仕事といくか」


 表情を引き締め、歩き出す。


 光から逃れるように。


 光に、捕まらないように。


「この世界に、英雄はいらない」


 その言葉を聞くものはいない。

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