第13話 盛況の酒場へ射す影

ミケルさんの酒場兼宿屋に戻ると、まだ酒場は開いていない時間だったが、既に長い行列ができていた。

今日も忙しいのだろう。

私としては、ひたすらなにかに集中力して体を動かすことは大歓迎だ。

何よりミケルさんは働いた分のお金をくれるのだ。

しかも私がこれまでしてきたことに比べれば、給仕などなんと単純な作業だろうか。


「あら、あんなにたくさんのおきゃくさん」


「オフェリエ。

オフェリエの指示で昨日はずいぶんと助けられた。

疲れていなければだが、昨日みたいに酒場にいてくれないだろうか?」


「ええ。

わたくしもよいしげきになるので、よろこんでひきうけますわ」


私の胸の内で少しだけ蒸気があがった。

これはつまり、言葉通りの意味らしい。


オフェリエの貴族としての顔と年相応の少女の顔。

街に出かけた際に様々な店の主人や行き交う人たちとの会話の中でも、オフェリエのその2つの顔が見え隠れしていたように思う。

この子はその両方があってオフェリエなのだと、今日の買い物で少しだけ理解できるようになってきた。


宿側の出入口から入り厨房を覗くと、ミケルさんの奥さんのイオさんが張り切った様子で店の仕込みに追われている。


「おかえり、あんた達」


「イオさん、ただいまもどりましたわ。

きょうは、きのうよりもおきゃくさんがたくさんいらっしゃるかもしれませんね」


「ああ、そうなんだよ。

あんた達は常連客たちにも大人気でね。

昨日のあんた達の働きっぷりを見て、誰かが人相描きを描いてくれたんだ。

表に貼ってあったんだけど、見てくれたかい?」


「いや、表はすごい人集ひとだかりだったから、宿の出入口の方から入った。

人相描きか、器用なことが出来るものもいるのだな。


しかし、オフェリエはともかく、私の人相など描かない方がいいだろうに。

いや、そうか。

美しく可憐な少女のオフェリエと、私のような醜悪なつらの男という強烈な対比が、意外と面白いのかもしれぬな」


「何言ってんだいあんた。

私は旦那がいるから本気にしてもらっちゃあ困るけど、あんたは結構男前だよ」


「そうよ、リオネル。

あなたはしゅうあくなかおではないわ。

どちらかというと、ぶたいはいゆうのようなかおだもの」


「2人ともお世辞はよしてくれ。

私はそういうことをこれまで1度も言われたことのない男だ。

下手な気遣いは無用でいい。

自分の醜悪さは自覚しているつもりだ」


オフェリエとイオさんは見つめ合いながら肩をすくめ合っている。

まるで私が冗談を言ったような格好になったが、まあいい。

ここでこれ以上私の醜さについて言い合っても良いことはない。


私が人生で初めて自分で稼いだお金で買った香水を取り出した。

醜悪な顔はどうにもらなないとしても、せめてにおいくらいはマシにと思い、1滴を手のひらに垂らし首や肩、腕などに軽くにおいをまとわせておく。

この使い方を教えてくれたマイラに感謝する。


酒場が開店し、客が次々と店内の椅子やテーブルにつく。

カウンター席の一角に座し、昨日と同じように次々と指示を出してくれるオフェリエ。

オフェリエも香水をつけたのか、近くにいくと上品なオフェリエにピッタリな甘く優美な香りがする。


並んでいた客たちの目当ては、多方がオフェリエなのだろう。

事実、ほとんどの男性客はオフェリエから目を離すことの方が少ない。

昨日はおじさんたちや少し気が荒れている商人風な客が目立っていたが、今日は客層が若い気もする。


その証拠に、店内には若い女性だけが座るテーブルもある。

オフェリエは人形のような、と形容してもいいくらいに、上品な顔立ちや召し物を身につけているから、きっと若い女性たちからも人気があるに違いない。

しかし、女性客達は男性客達とは違い、私が注文をとりに行ったり、料理や飲み物を運んでいくと、律儀に私の方を見ている。

みな私のような不審人物を警戒してのことかもしれない。

私と視線を合わせてくるのもきっと警戒心からだろう。

ミケルさんの店を台無しにする訳にはいかないので、私は少し辛いが無理にでも愛想の良い顔を試みてはいる。

引きつって不審感が増してなければいいが……そればかりは如何いかんともしがたい。

男性客と同様に、目当てのオフェリエの方をずっと見ていてくれた方がありがたいのだが、女性はやはり男性の給仕には警戒してしまうのは仕方のないことかもしれない。

おじさん達を相手にしている方が気楽で良かったが、文句をつけている暇はない。

何しろ、客の多さに目まぐるしく店内をかけ回らねばならないのだ。


若い客が増えたことで、店内の雰囲気も明るく活気づいたように感じた。

オフェリエの声もよく通り、客への気遣いがしっかりとしているので、その声を聞く人々の顔も明るい。


昨日の数倍の客達がひっきりなしに席へ着く。

すでにメインディッシュの仕込みは尽きていて、客たちは酒とちょっとした肴しか出せないのにも関わらず、注文は絶えることなく続いた。

そして、とうとう出せるものが酒と水だけになってしまった。


新しく入ってきた客は、体格のいい男と小柄な男、その連れの女2人の4人組だった。

いずれもこの店の雰囲気には似つかわしくない仕立てのいい上等な服を身につけている。

席に着いたのを見計らいオフェリエがすぐに指示をくれた。


「お客様、本日は当店にお越しいただき誠にありがとうございます。

ですが、申し訳ございません。

本日当店は大変ご盛況をいただきまして、お出しできる食品が尽きてしまいました。

現在お出しできるメニューはお酒とお水のいずれかでございます。

ご注文がお決まりになりましたらお伺いいたしますので、挙手いただくか、お声がけください」


この長い謝罪文対応はオフェリエから指示されたものだ。

魔王の指示で貴族の屋敷に忍び込む手順よりは遥かに覚えることが少ないので、このくらいの暗記なら問題ない。

このセリフを言うと大抵の客は良い顔こそしないものの、文句を言ったり怒り出す客はほとんどいなかった。


「おいお前、酒と水しかないだと!?

ふざけているのか!」


ガンッ!!とテーブルを叩き立ち上がった体格のいい男は、私よりも背が高く、私を威圧的な目で見下ろしている。


「ふざけてなどいない。

事実を先に伝え、謝った。

それが嫌なら別の店に行った方がいい」


私がその威圧に動じることなく言い返すと、男は眉間の皺をさらに寄せ、その息が届く距離まで顔を寄せてきた。


「本気で言ってるのか?

散々待たせた上で料理がねえなんて、普通ありえねぇだろう、がっ!!」


そういって私の胸ぐらを掴み軽々と持ち上げ、そのまま店の床に叩きつけた。


「カ、ハッ」


叩きつけられた衝撃で、肺から空気が一気に出てしまい、一瞬息ができなかった。


「リオネル!

だいじょうぶですの!?」


立ち上がろうとする私にオフェリエが駆け寄ってくる。


「ああ、問題な……」


「あなた!

いきなりおみせのひとにてをだすなんてひどいですわ!」


オフェリエが体格のいい男の前に立ち、男を睨みつけると、店の空気が凍りついた。


「何だぁ?このうるさいガキは!

この店はいつからこんな優男とガキが出てくるようになったんだ?おい!」


この男、どうやらこの店に何度か来たことがあるような口調だ。

すると、店の奥からミケルさんが現れた。


「今の音は一体?

リオネル、どうしたんだ?


コ、コートキス様!?

どうしてこんな時間に」


ミケルは出てくるなり、その体格のいい男を見て驚いている。


「コートキス、様?」


あのミケルが敬称をつけるということは、どうやらそれなりの地位にいるやつなのかもしれない。


「ああ、リオネル。

この方はこの店の一角がある土地のオーナー様だ」


「ミケル。

お前、この私が店に来てやったというのに、料理の一つも出さないというのか?なあ」


「い、いえ、そ、そんなことは……

イオ、すまんがあれを頼む」


ミケルさんが厨房のイオさんに声をかける。


「あんたちょっと待って、今日は本当に、食材なんてもう残ってないのよ。

あの子たちと私たちの分しかほんとに無いんだから」


そんなイオさんの困り果てた声が聞こえてきた。

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