第12話 オフェリエの嘘
花屋の店員 マイラが静かに目を拭うところを小さな2つの瞳が見ていた。
「リオネル。
どうしてこのかたが、なみだをながしていらっしゃるのかをわたくしにおしえてくださらない?」
問い詰めるような視線をこちらに向けるオフェリエ。
私が答えに窮していると、マイラが口を開く。
「リオネルさんは少しだけ、わたしに魔法をかけてくれたのよ。
今日が良い日になるようにって」
その声は先程までのハツラツとした印象ではなく、穏やかな、まるで語りかけた相手、オフェリエに対しても慈愛に満ちた柔らかな音色だった。
マイラが教えてくれたように、花を通して人の心が穏やかになるというのは、あながち嘘ではないのかもしれない。
そんなことを思いながらオフェリエに視線を落とす。
「そうおっしゃるのなら、そういうことなんですのね?」
オフェリエはつりあげていた眉を、今度は八の字になりそうな位置まで下げていた。
困惑しているのだろう。
私だって、今はどんな表情をするのが正解なのか見当もつかない。
オフェリエの質問にも、正直どう答えるべきかわからないので、私からもオフェリエにたずねてみることにした。
「オフェリエ。
何か良いものは見つかったか?」
「ええ。
こんなにたくさんのはなにかこまれていると、それだけでしあわせなきもちになります。
わたくしもおはなやさんになりたいとおもってしまいますわ」
オフェリエが花々を見つめる瞳はキラキラと輝きが宿っているようにも見える。
「そうか、オフェリエは花が好きなのだな。
きっと花屋の出で立ちもオフェリエなら似合うだろう」
「まあ、リオネルはおだてじょうずですのね」
オフェリエは嬉しそうにくすりと笑みをこぼす。
しかし、私の胸の内側の黒塊からは蒸気はほとんどあがることはなかった。
オフェリエは私の
表情だけでは全くわからなかったが、どうやら本気で花屋になりたいとは思っていなかったのかもしれない。
私が勇者から呪いを受けていなければ、まず間違いなく、その言葉を額面通りに受け取っただろう。
胸中を知られているとは知らずに、オフェリエは完璧な笑顔を崩さない。
私はつい余計なことを考えてしまう。
この子はどうしてこんな風に人の目を欺き、言葉で偽りを取り繕っているのだろうか。
幼いオフェリエがそのような身の振る舞い方を、
この子にこれまで何があったのかを私はほとんど知らない。
知っていることといえば、幼くして知り合いであろう人物が目の前で、しかも明らかに人の手で殺されてしまっていたということくらいだ。
しかし、オフェリエの言動や仕草は予め身につけていたように自然で、なおかつ本人が意図しているような素振りもなく流暢に行われた。
目の前で人が殺されたからといって、すぐにできるような完成度ではないのだ。
つまりは、人を欺くことを折り込み済みの教育をこれまでずっと受けてきたとしか考えようがない。
上級貴族のそこはかとない闇に触れた気がして私は心穏やかではいられない。
幸いなことに、この場は花々の香りに包まれている。
私の心には余裕がなくなっているものの、息を深く吸って、ゆっくりと吐き出すと、少しかマシにはなった。
「マイラ。
すまない、そろそろ私たちは出ようと思う。
だが、最後に1つ、聞いても良いだろうか?」
「ええ、なにかしら?」
「香りを長く感じたい時はどの花がおすすめなのだろうか?」
「それなら、少し値は張るんだけど、香水がおすすめよ。
好きな香りの花の香水を持ち歩けば、その小さな1瓶だけでとても長持ちするわ。
香水を作る時に数本から数百本分もの花が必要なこともあるから、値段には目をつむって香りだけで選んでみてほしいわ。
その方が満足のいく買い物ができるもの」
マイラは商売上手なのだろう。
事前に抑えるところをしっかりと説明してくれる。
確かにここに並んでいる花のうち、一種類でも数十本の花束にしようと思えば、私の資金はすぐになくなってしまう。
香水ならば、ほとんど花を知らない私でも手は出しやすい上に、毎日足を運んで花を買うよりも手軽だ。
きっと私のような男の客は花屋に足蹴く通うようなことはないのだろう。
それでいて客である私のニーズと、店の利益を考えると、これ以上にない提案だと思う。
「なるほど、香水か。
女の嗜み程度にしか思っていなかったが、意外な活用方法もあるのだな。
しかし、香水がそれほど貴重なものだとは思ってもみなかった。
どのような香水があるのだろうか?」
「こっちよ。
さっき手にしていた花の香りは気に入った?」
「ああ、ほのかな甘みのある優しい香りがした」
私がマイラについて行くのを目にしたオフェリエも後から着いてくるのを感じた。
女は香水が好きだというのは幼少の頃からそうなのだろうか?
「オフェリエも何か好きな香りの花はあるのか?」
「わ、わたくしは、ガーデニアのかおりはすき……」
私が前を向いたままオフェリエに声をかけたので、話を振られるとは思っていなかったのだろう。
頭のきれるオフェリエにしては珍しく、頭の発音は驚きにより大きなもので、尻すぼみ気味な語尾。
「ガーデニアだな?」
振り返ってオフェリエの顔を見ると、少し照れているのか頬が少し紅潮気味だ。
年相応の少女のようで微笑ましく思ってしまった。
先程感じた上級貴族の顔とはまた違うオフェリエが1人の少女の中に同居していることに安堵している自分がいる。
花の名前は聞いたことがないが、マイラならわかるだろう。
「マイラ、ガーデニアの香水もあるか?」
「もちろんあるわ。
ガーデニアは香水によく使われる品種なの。
香りがとても印象強くて女性にとても人気よ。
オフェリエちゃんは香水に詳しいのね」
「おかあさまも、おばあさまも、よくガーデニアのかおりをまとっているの。
わたくしもきにいっているのよ」
「そう、お母様とお祖母様も。
素敵なご家庭ね」
オフェリエとマイラがなごやかに話す
「ゴホッゴホッゴッホッ」
先程の花の香りだと思い、胸いっぱいに吸い込むと激しくむせてしまった。
「あっ、大丈夫?」
そういえば、香水は何本もの花を使っていると言っていた。
改めて香水が入っている小瓶を見る。
なるほど、こんなに凝縮されていれば香りもきつくなるはずだ。
だが確かに先程かいだにおいと同じような香りが含まれていることがわかる。
「ごめんなさい。
勢いよく吸ってしまうとむせてしまうって言い忘れていたわ。
不注意だったわ」
「いや、いい。
不注意だったのは私の方だ。
しかし、値が張る理由はよくわかった。
これを1つ買おう」
「あら、香りは好みだったのね。
1つ150オーツよ」
「150オーツか。
了解した」
そしてオフェリエも、聞けばガーデニアという花ではなく香木というもののエキスを抽出した香水を1つ買った。
ガーデニアという木は、木であるのにジャスミンという花に似た印象的な甘い香りがするものだというから驚くしかない。
小瓶2つで350オーツ。
これが高いのか安いのか、私には相場が分からないが、使い道がないものではないから良いだろう。
残りの600オーツほどらしい資金はもう少し考えて使った方がいいのだろうか。
金銭感覚を身につけるには、なにかしら買い物をしてみるしかない。
市場には色々な店があるようだから、まずはどのような店があるのかを見て回るのも良いかもしれない。
すっかり買い物にハマりつつある私とオフェリエは、この後資金の大半を使い果たしてミケルさんの店に戻るのだった。
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