第67話 別の準備

ジュリアンナが帰ってから、樹はテオにレイに言われた事を相談すると、テオは満面の笑みでおめでとうございますと喜んだ。

夫婦になる訳でも無いのに、何がおめでたいのかわからず、顔を赤らめ俯く。

「樹様、マーキングは恋人だと周りに知らせる行為でもあり、相手に愛を誓う行為でもあります。番としての行為は、夫婦となった初夜に行われますが、平民の間では特に拘る人はいません。レイ様が言ってたように、心が伴わない番行為は意味を持ちません。なので、心を通わせている相手なら結婚前にあえて番う方もいます。

樹様、樹様の結婚式はまだまだ先だと聞いていますが、もうお二人は十分に心通わせ、強い絆で結ばれていると思います。

番行為は、さらな幸福感と穏やかさをもたらせてくれます。今の樹様にはそれが必要では無いかと思います。不安もなくなり、悲しみも癒してくれます」

テオの言葉に樹は小さく頷き、自分でも何か準備ができるのかと尋ねると、テオは微笑み、レイに任せればいいと答える。

そして、後でいい物を持ってきますとだけ言い残し、部屋を出ていった。


その日の夜、レイが荷物を片手にいつもより早く帰ってきた。

その事に樹は密かに赤面していた。早々と食事を終えるとそれぞれが別の浴室で浴をする。

寝室の浴槽を使っていた樹は、先に上がると緊張した面持ちでベットに腰をかけてレイを待つ。

「テオから貰った服・・・着方これで合ってるのかな・・・?」

小さく呟きながら、そわそわしているとドアが開き、レイがバスローブ姿で現れる。側まで歩み寄ってきたレイが、樹の姿を見て動きを止める。

「それは・・・?」

「テオがくれたんだけど、着方あってる?」

恥ずかしそうにそう言う樹に、レイは小さな声で唸る。

テオが用意した服は、本来なら初夜で着るという寝巻きで、シャツの丈は短く、胸を隠す程度の長さで前を重ねて横に紐で結び、下はパレオのようになっている。

樹の体型が小さいのもあり、サイズが女性ものしかなかったと言っていたが、ゆとりのある服からは肌がチラチラと見えていた。


「レイ、話があるんだ」

微動だにしないレイに、樹は声をかけ、隣を叩く。レイはゆっくりと足を進め、樹の隣に腰を下ろす。

「あのね、何度も準備が必要だと言ってくれたんだけどね、僕、今日番いたい」

「焦る必要はないと・・・」

「うん、それも聞いた。でもね、テオが番行為はお互いに大きな幸福感と安らぎを与えてくれるって言ってた。それが、僕の中にある不安も悲しみも取り除いてくれるって・・・」

「しかし・・・」

「これからレイの番として紹介される機会が増える。だから、一日も早く自信を持ちたい。レイの気持ちを疑うつもりはないし、離れる事はないと信じてるけど、僕不安なんだ。僕の事を家族として愛してくれたおばあちゃんも、美緒さんも僕の側からいなくなった。僕が心から家族でいたいと望む人は、僕の側からいなくなる・・・テオやジュリアンナさん達の事も心配だけど、僕はレイがいなくなる事が一番怖い・・・たまに夢に出てくるんだ。昔みたいにレイが突然消えていなくなる夢を・・・だから、僕が不安にならないように、番にして欲しい。

少しくらい辛くても平気。だって、レイと番になる事は僕が一番望んでる事だから、レイも望んで欲しい」

レイをまっすぐに見つめ、そう言葉にする樹の頬には涙が溢れる。

その涙をそっと拭いながらレイは優しくキスをする。

「私も樹が番になってくれる事を心から望んでいる。少し・・辛いと思うが、このまま最後までしても良いか?」

「うん。僕を愛して欲しい。沢山キスをして、体を重ねて愛して欲しい」

「あぁ。沢山愛を注ごう。私の愛を全て受け止めてくれ」

レイは優しく樹にキスをすると、そのままベットへ樹の体を倒す。

ほんの少しの間、互いに見つめ合うが、ゆっくりと唇を重ね合う。

軽いキスはいつもしてくれていたが、深いキスは昨夜が初めてだった。

あの言いようの無い心地良さが、快感が降ってくるのかと思うと、樹の鼓動は激しく打ち鳴らす。

口の隙間から漏れる樹の吐息に、レイに耳が忙しなく動く。

まるで、樹から出てくる音を全て漏らしたくないかの様に、じっと聞き耳を立てたり、樹が体をよじれば擦れるシーツの音を確かめたりと忙しない。

唇から離れ首元にキスが注がれる頃、樹はその耳の動きに気付き、ふと下に目をやれば尻尾が穏やかだが、嬉しそうに揺れているのを見て、自然と笑みが出る。

恥ずかしさより、レイが喜んでいるのだという事実が嬉しかった。

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