獣人騎士は尊き人間を愛す

颯風 こゆき

第1話 出会い

「遅くなっちゃった。早く帰らないとおばあちゃん帰ってきちゃう」

腕に付けた古びた時計を見つめながら、澤根サワイ イツキはずれ落ちそうになる眼鏡を指で押し上げながら、家路を急いでいた。

手には買い物バッグを持ち、肩からは薄っぺらなエコバックをかけている。

家の近くまで急足で来ると、どこからか動物の鳴き声が聞こえた。

猫が鳴くような、獣が唸るような低い、それでいてとてもか細い声。

ふっと足元のゴミ捨て場に目をやると、粗大ゴミの小さな棚のそばでうずくまっている動物が目に入る。

猫にしては大きく、犬だとしたら小型犬か大型犬の子供位の大きさだ。

樹は側により頭を撫でてやると、その手に顔を擦り寄せる。

今にも死にそうな弱ったそれを見過ごせず、樹は買い物袋を腕に通し、優しく抱きかかえた。

「まるで昔の僕だ・・・」

弱々しい体を撫でながら樹は呟く。そしてさっきまでとは違う速さで歩き始めた。


「あ、起きた?」

バスタオルに包まれた猫?が目を開ける。樹はそっと畳の上に猫を下ろすと、温めたミルクを差し出す。

「ご飯、すぐできるから、ミルク飲んで待ってて」

優しく頭を撫でると樹は服を脱ぎ始めた。

ずっと抱いていたせいか、服は泥だらけになっていたからだ。

服を着替え終わると、キッチンへ向かい、冷蔵庫から食材を取り出す。

「ちょうど今日はおばあちゃんの好きな鮭を焼くつもりだったんだ。僕の分を分けてあげる」

安心させるかのように、樹は猫に声をかけ続ける。

「もうすぐおばあちゃん、デイケアから帰ってくるから、そしたらご飯を一緒に食べようね」

樹はフライパンをコンロに置き、魚を焼き始める。

隣には小さなフライパンを置いて猫用に味付けをしていない鮭を焼き始めた。

トントンと野菜を切る音の心地良さに猫も安心したのか、ミルクを飲み始める。

その様子を樹はそっと盗み見し、ふふッと笑った。


一通り準備を終えた時、玄関のドアが開く。

「樹君、おばあちゃん帰ったよ」

元気な呼びかけに樹は返事をして玄関へ走る。

玄関にはデイケアのヘルパーさんが、おばあちゃんを支えながら入ってきた。

「おばあちゃん、おかえりなさい。今日は楽しかった?」

樹の呼びかけにおばあちゃんはにこりと笑う。そして、ヘルパーの手を離し、樹の手を握るとゆっくり玄関先に腰を下ろして靴を脱ぎ始める。

「おばあちゃんは本当に樹君が好きね。樹君、こっちでは特に変わりはなかったけど、家ではどう?」

「相変わらず家を徘徊してますが、外に出ないだけでも助かってます」

「そう。でも、無理はしないでね。介護は1人で抱えると共倒れしちゃうからね」

ヘルパーの言葉に樹は頷き、また来週ねと別れを告げた。


リビングの方へ来ると、部屋に猫を見つけたおばあちゃんは、あらあらと喜びながらそばへ寄る。

「おばあちゃん、猫ちゃんはまだお風呂に入れてないから服、汚れちゃうよ」

「それは困ったねぇ。じゃあ、おばあちゃんと入るかい?」

猫を撫でながらそう言うと、樹はダメだよと促す。

「この子、猫の割には体が大きいから、洗うのは僕がやる。それに、おばあちゃん今日はデイケアでお風呂入ってきたでしょ?また、濡れちゃうよ。それより、ご飯食べちゃおうか。今日はおばあちゃんの好きな鮭を焼いたよ」

「まぁ!それはありがたいね。あなた、本当にいい子だわ」

そう言っておばあちゃんはとても嬉しそうに手を叩く。

樹も嬉しそうに微笑みながら、おばあちゃんの手を引き、椅子に座らせると食事の準備をする。テーブルに皿を並べた後、おばあちゃんの手を拭き、子供用の取っ手が付いた箸を持たせる。

おばあちゃんが食べ始めるのを見届けた後、今度は猫に解した鮭を小皿に乗せて目の前に置く。

「足りないかも知れないけど、急に沢山食べるときっと胃がびっくりしちゃうから、とりあえずこれだけ全部食べて?食べて大丈夫そうで、お腹足りないようだったら、また何か作ってあげる」

樹は優しく声をかけながら、お皿をスッと近づける。そして、自分もおばあちゃんの隣に腰を下ろして食べ始めた。

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