4【改】

 駅での別れから二日後、玲香は学校で彩と再会した。入学してから一週間以上が経過した月曜日。真新しい生活は、徐々に鮮度を落としていた。

「おはよ~、玲香!」

 玲香が教室に入った瞬間、まるで飼い主を出迎える犬のような素早さで彩が飛び出してきた。その様子を見ていると、月曜の鬱憤などは吹き飛んでいった。

「おはよう! 相変わらずテンション高いね!」

 輝かしい笑顔の彩にそう声をかけ、玲香は朝日が差し込む自身の机に向かった。リュックを机にかけ、彩の机へと向かう。二人は一昨日の出来事について改めて語り合った。

「あのひよこのやつ、棚の上に並べてみたんだけど……」

 玲香はスマホを取り出し、一面が黄色で埋まっている画像を彩に見せた。

「え~! これ密集しすぎて、凄いことになってるじゃん!」

 赤銅色のツインテールを揺らしながら笑う彩。彼女の笑顔は玲香にも伝播した。

「あはは! これ並べながら自分でもそう思ってたよ」


 しばらく例の小物について話し合い、一段落した時、玲香の愉快さをさらに増幅させるような、思いがけない話が切り出された。

「あ、そうだ! ねぇねぇ、これ見て!」

 彩は徐にスマホを取り出すと、それを玲香の眼前に差し出した。そこには『Ecstasy World』の文字が表示されている。玲香は濃紺の瞳を見開かせ、驚愕の声を漏らした。

「えっ! エクスタ買ったんだ!」

 このゲームは有料であるため、玲香がいくら布教活動を行ったとしても、実際に購入してくれる人はまず現れなかった。彩と自分の大好きな物を共有でき、新たにできた共通の趣味に心を躍らせる玲香であったが、その時、無慈悲にも予鈴が鳴り響いた。

「じゃあ、また後で! いっぱい話したいことあるから」

 そう彩に別れを告げ、自分の席へと引き返した。


 席に着こうとした時、玲香の前方から薄灰色の鋭い視線が刺さった。その視線に気づいた玲香は、栗色の髪を持つ少女のかんばせに静かな怒りを感じ取った。いつもと違う里奈を怪訝に思った玲香は、椅子を引きながら声をかける。

「おはよう里奈、どうしたの?」

 訝しむように濃紺の瞳を向ける玲香に対し、里奈はすんとした表情で返答した。

「なんでもない……」

 明らかに「なんでもない」人の反応ではない。そう感じた玲香は、大切な友人を放ってはおけないと思い、里奈を慰めるように声をかけた。

「そうなの? もし何かあったら、わたしに相談してね」

 ――私たち友達だから。

 その言葉を発した瞬間、里奈の表情が暗くなったのは気のせいだろうか。里奈はそんな顔のまま俯き加減で呟いた。

「……行きたい」

「えっ?」

 小鳥のさえずりのような里奈の声に、玲香は思わず聞き返してしまう。今度は顔をあげ、薄灰色の瞳をこちらに向けながら発した。

「友達なら今度、一緒に遊びに行きたい……」

 憂いと羞恥を混ぜ合わせたような表情の里奈の唐突な申し出に、玲香は困惑した。もっと深刻な悩みを打ち明けられるかと心構えをしていただけに、玲香は少し安堵した。シリアスな表情を一転させ、玲香は快諾する。

「いいよ! 今週の土曜日とかはどう?」

 玲香の反応に、里奈は驚いたように目を見開かせた。

「……いいの?」

「逆に、なんでだめだと思ったの?」

 玲香にとってはその方が不思議でならなかった。里奈の顔は、雲の隙間から太陽が顔を出したかのように、明るさを取り戻した。

「ありがとう……その日なら空いてる」

 感極まった里奈は、玲香の質問に返答することすら忘れて喜んだ。そして、里奈はとあることを思いついた。

「あと……連絡先、交換しない?」

 そう提案することに若干の恥じらいを覚えた里奈だが、待ち合わせには必要不可欠だと自身を納得させる。

(断られたらどうしよう……あまりに突然過ぎた?)

 そんなネガティブ思考のスパイラルに陥った里奈であったが、その思考はすぐに打ち切られた。

「もちろん! わたしもそろそろ交換したいなぁって思ってたから」

 里奈には玲香が天使のように思えた。彼女こそが、自分自身にとって必要不可欠な存在なのではないか。そんな大仰なことを考える。なぜならば、この感情のすべての根源は彼女なのだから。


 連絡先を交換した二人は、各々の家で当日の予定を話し合っていた。

『ここどう?』

 里奈から提案された場所は、奇しくも彩と訪れたばかりの商業施設であった。玲香は初め、別の場所を提案しようとしたものの、あの商業施設でまだ見回れていない場所があることに気づいた。それに、一度行ったことのある場所だから、安心して楽しめるような気もしたのだ。

 『OK』と書かれたスタンプを送り返し、それに既読が付いたことを確認すると、メッセージアプリを閉じた。

 ホーム画面を眺め、無意識にエクスタを起動させる。

「彩もやり始めたんだ……」

 クラスメイトの友人が二人ともこれをやっていると思うと、なんとも嬉しい。

「今度三人で一緒にやりたいな……」

 そんなことを考えながら、玲香は新章の攻略を進めていった。

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