女体化したけど青春ラブコメしたいので、不本意ですが風紀委員会に入ります
水とコーヒーブレンド
第1話 行動に移しても、主人公には程遠く。
小、中学生のときに思い描いた高校生活とは、どんなものだったろう。
アニメや漫画、小説の影響で妄想した俺だけの青春ラブコメディ。
あくまで自分の趣味を大事にするオタクでありながらも、女の子とイチャイチャしてえ。
中学生の頃、親に人生初の受験成功を祝ってもらい、桃色の花びらが舞う並木道を一歩一歩踏みしめながら理想の中学・高校生活を志して入学した中学一年生の春。
いつからその『理想』を忘れたのか、今となってはそれすらも忘れてしまっていた。
「俺……! お前のことが……ずっと前から!」
「やっと……言ってくれたんだ。遅いよ。バカ」
黒光りした長方形の液晶が二人の姿を映し出し、その傍にあるこれまた黒い直方体が二人の声を鼓膜まで伝える。
所詮は作り物だったのだ。こんなもの、現実にはありえない。
理性ではそう思っても、俺の本能はそれを拒もうとする。
「あーあ! 俺もこんなアニメみたいにラブラブイチャコラしてえよ!!!」
本能が、ていうか本音が漏れた。
中学の延長線上みたいにオタク友達と趣味や愚痴を言いまくって傷を舐め合って、気づいたら俺ももう高二になっちまう!
クソ! どこでなんだ! どこで俺は間違えた!
そんなわけで、この超重大で深刻な由々しき問題を俺の親友に相談することにしたのだ。
「それで、わざわざ俺を呼び出したってわけか」
そう言ってため息をついたのは、俺の唯一の陽キャ友達の陽だ。
俺は覚悟を見せるべく公園のブランコから勢いよく立ち上がる。
「ああそうだ! 俺は思い立ったらまず行動に移すタイプだからな!」
「どこがだよ。ていうかホントにそうならとっくに女子に多少のアプローチしてるだろ」
またため息をついて金髪をかきあげる陽。
中々鋭いこと言ってくるな、こいつ。さすが百戦錬磨の女たらしだ。だが俺も負けちゃいられない。いずれはお前を越えなければいけないからな!
「いや……でもアレじゃん。いきなり話しかけるのもさあ……? ね?」
だんだん声のトーンが下がってしまった。
覚悟はしたが、俺は非常識で無謀な行動はしないのだ。分別のできる人間に俺はなりたい。別にヘタレとかでは断じてない。
「はあ。それで何? 俺に何をして欲しい?」
これ以上は無駄だと察したのだろう。陽は早急に要件を聞く。
こやつついに「はあ」って言葉にして言いやがったぞ。
「よくぞ聞いてくれた。お前を呼んだのは他でもない。俺の用件とはズバリ! どうやれば女の子にモテてイチャコラできるか教えてくれや! だ!」
キメ顔で胸に拳を当てて言った瞬間、陽の目がジトーっとなる。
「お前、最低だな」
「うっ!!!」
陽のたった一言が俺の急所にクリティカルヒット。
折角勇気を出して相談したのに! なんでそんな酷いこと言うの? いいじゃん! 男に生まれたからにはそれくらい誰でも考えることじゃん!
陽は涙目になる俺を一瞥して、諦めたように微笑を浮かべる。
その顔はこの上ないほど爽やかで、自分の暗さと比べるとどれだけの差があるかを改めて認識させられる。結局世の中は顔なのか。
「しょうがないな。じゃあ教えてやるよ。俺自身モテてると思ってないからイチャコラする方法は知らないけど、女の子と普通に接する方法くらいは」
マジすか先輩! 恋情における先輩! アオハルマスター!
俺は陽のレクチャーを食い入るように聞き、必要とあればメモも取った。
その夜、陽に言われたことをまとめてから、”自分なりに噛み砕いて”、俺は早くも女の子にモテる方法を思いついた!
そして翌日。
やはり俺は思い立ったらすぐ行動に移す派なので、すぐに昨晩考えた方法を実行に移すことにしたのである。なんて男らしいんだ。既にモテそうな予感がプンプンする。
陽から聞いたことのうちの一つ! 『女心を知る』!
だから少女漫画を読んだ! 少女漫画曰く、女の子は押しに弱い!
おもむろに女子の机の前まで行き、強めに机を叩く!
と思ったけどやっぱり万が一引かれたらいやなのでそっと右手を置いた。
そして、女の子が俺の顔を見たその瞬間大胆にも飯に誘う!
今だ!
「あの〜消しゴム忘れちゃったんでえ……貸してもらえません?」
何故か敬語だし。ていうか内容も間違えた。
声をかけた子は、あはは……と苦笑いをしながらそそくさと筆箱から一番小さい消しゴムを俺に差し出した。
俺は会釈だけして、来た時が嘘のように早足で自分の席に戻った。
うわ〜やっぱ俺にはダメなんだあ……。この十六年以上陰キャを貫いてきた俺には女子とまともに話して、ましてやデデデデエトに誘うなんてとても無理だ。
そもそも俺がやろうとしたムーブはこんなのじゃない。もう俺の心はこのちびっこい消しゴムより小さく削られてしまっている。
その夜は毛布にくるまって枕を濡らした。明日は休みだし、気晴らしに散歩でもしよう。
「ああ、やっぱり俺には早すぎたんだ」
そう独り言を呟き、きっぱりと諦めることにする。
さらに翌日。天気は快晴、小鳥は朝の訪れを告げるかのようにさえずる。まさに散歩日和だ。
日曜日の朝、寝て起きても未だ昨日の失敗を忘れることができていなかったので、気分転換に家を出ることにした。
天気とは真逆に俺の心は土砂降りの豪雨だ。もう絶対女の子にモテるなんて無理だ。無理なんだ。
でもモテたい。
心臓の鼓動が大きくなっていくのを感じた。
ただ女子に話しかける。たったそれだけのこともできないのか?
俺だってわかってる。モテるモテないじゃなく、まずは友達からなんだ。
けど、できない。世間話をすることすらも。
胸のあたりを中心に体がむず痒くなってくる。それに痛みも感じ始めてきた。まるで胸が風船みたいに膨らんでいくかのように。
これが恋に恋するというやつなのだろうか。
どうしようもない自分に、バカバカしくなって無我夢中で走り出した。
現実を見せられているはずなのに、ことごとく夢を潰されているはずなのに、俺はまだモテたいなんて思っている。
気づけば自暴自棄になって性欲お化けの自分を責め続けていた。
不意に、体が宙に浮いた。
つま先を道の突起にぶつけてしまったのだ。そのまま俺は脇道の土上にダイブする。
「イテテ……。なにもかも上手くいかな……ん?」
どこか怪我をしていないか、土がついていないか身体を見てみる。
すると、少し盛り上がった胸と、華奢で雪のように白い手足がそこにあった。
そこに俺の身体は見当たらない。だってそれは、みるからに女性の身体だから。
は?
そういえばさっきの俺の声もちょっと高かったような……?
そこに通りかかったおじさんが、転んだ俺を見かねて手を伸ばしてくれる。
「大丈夫かい、嬢ちゃん」
「あ、ありがとうございまs……? え? 嬢……?」
ええええええええええええええええええええ!?!?!??!????!!?!!
視界の端に見えた自分の髪であるはずの毛髪は白く、それでいて艶やかなもので、どうにも老化によるものとは思えない。
何だこれは。夢か?
もう一度上半身を見ると、適度な膨らみではあるが、明らかに男の胸とは言えないソレが確かにあった。
そう。
俺は何故か、女になっていた。
◇
葛藤はしたが隠せるわけもないので、その日のうちに親に相談し病院へ行った。
お医者様が言うには、なんでも近頃『女体化症』なるものが巷で流行っているらしい。
その中でも発症条件は様々で、主に過度のあがり症や趣味への打ち込みなど気持ちが込み上げるような、精神に強く作用するものが原因となっているのだと。
それは本人にしかわからないんだとも言われた。
心当たりはあるかと聞かれたが、わからないと答えるしかない。
だが、本当は気づいていた。女体化したあの時に、精神にストレスを与えるほどに考えていたこと。
自分で言うのも恥ずかしいが、俺の病因は『恋』または『性欲』にまつわるものだろう。ネット上で、この発症条件は興奮型女体化症と言われているらしい。
当然、女体化症というだけでも絶望なのにそのトリガーが性的な感情によるものなんて言えるわけがない。
学校の教師達には女体化症になったことだけを伝え、その都度対応してもらえるよう取り計らった。
女体化症を治してから学校に行きたかったのは無論だが、今は特効薬などもなくどうしようもないとのことだ。
といっても、俺がこれから学校に行くことはないだろう。
病院から帰宅した俺は、無気力のまま自室のベッドに倒れ込んだ。
「もし女の子になったらまずあんなことやこんなことをしたいなあ」とよく扱われる定番ともいえる話題があるが、実際自分がその状況になってみるとそんなことを考えることすら憚られるのだ。
俺は一生このままなのだろうか。
いや、性欲がトリガーならそれがなくなるような身体的手術をすればいいのでは? しかし、手術をして男に戻ったとして身体にどんな影響があるかわからない。
理性の俺はそんな現実的な解決法を考えている。
理性の俺は。
そう、腹立たしいことに、本能の俺は未だにモテたいと胸を疼かせているのである。
何故か女になり、男に戻れるかもわからないこの状況で。
こいつが。こいつが全ての元凶だ。
お前が性欲に従順すぎるせいだ。
いざ行動に移すとなると理性が勝ってしまう癖に。
そんなゴミみたいなレベルの本能のはずなのに、何故か女体化症まで発症するに至った。
考えるほどわからないし、自分が置かれている状況が未だに信じられない。
髪色は変わり、声すらも自分のものじゃなくなり、胸も肥大化し、下腹部も気持ちが悪い。まるで別の誰かに精神だけが乗り移ったかのようだ。
おかげで外出は勿論、風呂に入ることさえ億劫になる。こんな精神状態で学校なんぞ行けるわけもない。
もう何も考えたくないよ。
明かり一つ付いていない薄暗く静かな部屋に、秒針の音だけが響いていた。
俺だけを取り残し、無情にも進んでいく時間に少しでも抗おうと、俺は布団の中に全身を埋め、外界の情報を遮断する。
真っ暗な空間で涙を浮かべながら学校のことを思い出すと、ふと陽の顔が脳裏に浮かんだ。
あいつが俺のこの姿を見たらどう思うだろうな。引くだろうか。
いや、あいつは優しいから絶対顔には出さない。少しずつ少しずつ距離をとっていくんだろう。
でもそれもしょうがない。
俺は女で、あいつは男なのだから。
思春期の男女なんてそんなもんだ。ましてや昨日まで男友達だったやつが急に女になって接し方もどうしたものかわからなくなるだろう。
◇
それから一週間ほど経った。
その間俺は一度も学校に行っていない。担任から何度か電話がかかって来たが出たのは一度だけだ。
俺であるはずがない『この』声を発するだけで現実を突きつけられ、吐き気を催すから。
精神状態は発症した日より安定してきたが、まだ完全に現実を受け入れられていない。
それに加えて一日中ベッドの上で暮らす生活であっても時間を浪費しているという焦燥感も相まって、胸がさらに締め付けられるという悪循環に陥っている。
そんな中、枕もとでスマホが鳴った。音からしてこれは着信だ。
通知音はオフにしたはずだが、アプリの不具合だろうか。
ムカついたので無視しようとしたが液晶に移された文字を見ると、不思議なことに気が変わって電話に出ることにした。
「今、時間空いてる?」
冷たく無機質な金属の塊から、親友の声がした。
一週間聞いてなかったけれど、いつもと全く変わらぬ声色だ。
諸行無常とは分かっていても、それに希望を持つのは悪いことじゃないだろう。
そうやって、根拠のない自己肯定をする。
「いつものとこで会おう」
俺はなんとか消え入りそうな声を絞り出した。
彼なら変わることなく、いつものように接してくれるかもしれない。
そんな身勝手な考えをしている自分を殴りたくなった。
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