同じ本を取ろうとして美少女と指先が触れ合ったけど、その本はえっちなやつだし相手もクラスメイトで気まずい

じゅうぜん

本屋さんでよくあるシチュエーション

 学校が終わり、僕はわくわくしながら行きつけの本屋へ向かった。


 なぜなら今日は僕の大好きな作家、『むちむちぷりん』先生の新刊が出る日だからである。 


(楽しみだなぁ、先生の新刊)


 むちむちぷりん先生はちょっとえっちな作風を得意とする作家だ。その魅力は一言では言い表せない。ヒロインの可愛さ、えっちさ。行為に至るまでのコメディとシリアスの混じる飽きさせない展開。そして行為中の描写の繊細さ。高水準でまとまった素晴らしい作家だ。


 ただいかんせん、ちょっとえっちなので人には勧めづらい。


(すごくいい作品を書くんだけどな……)


 それにどうしても購入する時は恥ずかしさも出てしまう。

 駅で隣町へ向かい、きょろきょろとあたりを見渡しながら本屋へ向かった。


 そこは少し駅から離れた場所にある小さな本屋だ。あまり客が入っているのを見たことがない。駅の近くに大きなショッピングモールがあって、その中にも本屋があるのでそっちに流れて行ってしまうのだ。


 本屋としてはけっこう打撃だと思う。

 でも、僕のような人からすれば、それはたいへんありがたいことだ。


 本屋に入り、僕は通常の文庫本の新刊を見るふりをしながら、奥の方の棚へ向かう。

 むちむちぷりん先生の作品はけっこう肌色が多い女の子のイラストが表紙なので、基本的に一般のゾーンには置いていないのだ。


(あ! あった……!)


 思った通り、奥の棚にそれが置かれていた。事前に調べていた通りの表紙。


 ああ。ついに新刊を読める。


 けっこう待ったのだ。先生はあまり筆が早い方ではない。だから過去の作品を読み、じっと先生の新刊情報を待った。それがついに訪れた。しかも新刊は僕の性癖にダイレクトであった。いろんな意味で興奮した。


(よし、じゃあこれを買って――)


 そして新刊を手に取ろうとした瞬間、横からやってきたもう一つの細い手と――指先が触れ合った。


「あ……っ」


 どきりとして、顔を上げる。

 その手の持ち主はすごく可憐な美少女だった。艶めいてさらりと流れる綺麗な黒髪。ほっそりとした体。そして整った美しい顔立ち。

 彼女は、見たことのある制服姿に身を包んで大きな瞳を丸くしている。

 見たことのある制服姿……見たことのある!?


「えっ、雪咲さん?」

「え……宮内くん?」


 なんと僕のクラスメイト、雪咲さんであった。


 雪咲さんと言えば、学年一の美少女として学校では有名だ。その清楚な雰囲気と、誰に対しても柔らかい態度の人当たりの良さで、校内の男子の人気をかっさらっている。


 そんな雪咲さんがどうして。


「な、なんでこんなところに?」

「み、宮内くんこそ!」


 そうだ。そうなるよな。

 しかし僕にぬかりはない。こういう時のために、日ごろから言い訳を用意している。


「い、いやぁ、兄貴に買ってこいって言われて〜……」

「嘘ですね!」


 言い訳を思い切って言った瞬間、即座に指を突きつけられてしまった。

 な、なんでバレた!?


「宮内くんは嘘を吐くとき後ろ髪を触りますから」

「え、ええ!?」


 一瞬前の自分の動きを思い返す。

 た、たしかに触っている!


「そうだったの!? ……というか、なんで知ってるの!?」

「へ?」

「僕の癖なんてそんな……」

「なんでと言われても……そんなの──い、いえ、それは今はいいじゃないですかっ」


 雪咲さんが頬を赤くする。ほんとになんでそんなこと知ってるんだろう。でもたしかにそれどころじゃない。言い訳を見抜かれてしまったのだ。

 この場は僕の圧倒的不利。


「じゃ、じゃあいいけど……雪咲さんは? どうしてここに?」

「へっ!?」


 今度は雪咲さんが慌てた様子を見せる。


「い、いえ、わた……私は……その……えっと……この本が、健康に良いと聞いて」

「……嘘でしょ」

「……本当ですよ?」

「落第天使アリエルとの」

「調教補習じゅぎょ――あぁっ!?」


 雪咲さんが口元を手で押さえた。引っかけに弱すぎる。『落第天使アリエルとの調教補習授業~もっと堕天したいです、先生~』はむちむちぷりん先生の代表作の一つだ。僕も大好きな作品である。

 しかしそのタイトルが即座に口に出るということはやはり……。


「…………」

「…………」


 嘘がバレた僕たちはじっとお互いを牽制するように見つめ合った。雪咲さんと見つめ合っているというのは、それ自体はちょっと嬉しいことだ。でも場所が悪すぎる。なんでえっちな本の前でこうしていないといけないのか。いたたまれない。


 やがて雪咲さんがぽつりと口を開いた


「……宮内くん。この際、もう、オープンにしませんか」

「……というと」

「……私は、むちむちぷりん先生の新刊を買いに来たんです」


 カミングアウト。もうバレバレではあったけど。


「……僕もそうだ」


 バレてるのは僕も同じだろう。ここで言い訳を重ねるのは雪咲さんにも悪い。


「宮内くんも、先生の作品を読まれるんですか……?」

「うん。雪咲さんも読むんだね」

「ええ……意外ですか?」


 雪咲さんはわずかに不安そうな表情をする。

 たしかに普段の様子からすると、意外といえば意外だ。でも別に誰がどんな本を読んだって関係ない。雪咲さんが実はむっつりだとしても関係ない。逆にちょっと可愛いなと思うくらいだ。


「意外だけど、読んでるのは僕だって同じだから」

「……ありがとうございます」


 雪咲さんが微笑む。


「よかったです。私、昔、友達にむちむちぷりん先生の本を読んでいるのを気づかれてから、ぎこちなくなっちゃったこともあって」

「……うん」


 僕も似たようなことはあった。僕の場合はバカにされる原因になったのだ。子供の頃だとそういうこともある。


「それからずっと周りの人には隠していたんです。でも、……好きなものを隠すのがちょっと辛いなと思う時があって」


 ああ、わかる。

 日頃僕が感じている思いが雪咲さんの口から出たことに驚いて、目を見張る。


「あんまり、言いづらいじゃないですか、先生の本って。たまに『おすすめの本ってある?』と聞かれた時、私は即座にむちむちぷりん先生の落第天使アリエルとか魔法少女リリールミナを思い浮かべますが……」


 そのキーワードで僕も作品名がぱっと浮かぶ。


 さっきも言ったアリエルと、リリールミナは『魔法少女リリールミナ~絶対に負けない正義の能力VS能力を無効化する触手~』だ。


 偶然かはわからないけど、ヒロインが負ける系の二つだな。


「……でも口から出たのは谷崎潤一郎でした」


 沈痛な表情だ。

 僕も深く頷く。


「僕は──宮沢賢治だった」

「宮内くん……」


 今度は雪咲さんが目を見張る番だった。


「その気持ち、わかるよ。僕も本当はファンだって公言したいんだ。校内のイベントのビブリオバトルだって、先生の作品で出たかった。好きなところを語りたかった。でも結局は止めちゃったんだ。周りの目を気にしたからだ。先生の作品がえっちなのは間違いないけど、えっちだとかそうじゃないとか、それを越えた魅力がある。でもどうしても、声が出ない」


 雪咲さんがゆっくりと頷く。


 それにすごく嬉しさを感じた。

 通じ合っている。

 むちむちぷりん先生のファンとして。

 同じ穴の狢として。


「宮内くん……よかったら、今度、一緒にむちむちぷりん先生について、お話をしませんか?」

「え……それは……」

「私、初めて先生のファンに会ったんです。それも、同じくらい先生を好きでいそうな人と」


 熱のこもった視線。

 僕はそれを受け止め、しっかりと頷いた。


「うん……僕でよければ、お願いします。僕も誰かと話はしたいとずっと思ってたんだ」

「よかった」


 雪咲さんが嬉しそうに微笑む。その表情にどきりと胸が高鳴る。


「では……一緒にレジに行きましょうか」



 ◇



 僕たちは並んで同じ本を買った。

 いつもは少し後ろめたく思いながら買うのだが、今日はレジにいてもどこか晴れやかな気持ちだった。


「明日のお昼休み、一緒にお弁当を食べませんか?」

「え?」


 本屋から駅までの道のりを二人で歩いていると、雪咲さんが不意に提案してきた。


「さっき言いましたよね。お話がしたくて」

「でも二人で食べてたら……皆にびっくりされない?」

「いいんですよ。びっくりさせておけばいいんです」


 くすくすと笑う。魅力的な笑顔だなと思う。

 食事中とはちょっと食べ合わせの悪そうな話題だなと思うけど、雪咲さんが可愛いので何も言わない。


「明日のお昼ね……わかった」

「はい。ちょうどおかずもありますからね」


 うまいこと言ったつもりだろうか。


 他にも色々と話しながら駅へたどり着く。この短い距離なのに、すごく楽しかった。もっと話していたい。でも、駅の方向は逆なのだ。


「宮内くん」


 改札を通り抜け、ホームを別れる時、ふと雪咲さんが名前を呼んだ。


「ん?」

「さっきの話なんですけど」

「おかずの話?」

「いえ、好きなものを隠すのは辛いという話です」


 さっきと言うには前だ。

 先生のファンでいることはあまり公にはしづらいということ。

 好きなものを隠すのはちょっと辛い。

 僕もその気持ちはよくわかる。


「あれ実は──宮内くんのことも言ってるんですよ」

「え──」


 照れたようにはにかむと、「それでは」と小さく手を振ってホームへの階段へ向かった。その耳が赤くなっているのが見えた。


「……え?」


 僕は呆然とその後ろ姿を見送った。

 しばらくして、ようやくじわじわと今の言葉の意味を理解してくる。


 好きなもの? 僕が?


 本当に?


 夢かと思って頬をつねったら、しっかりと痛かった。

 雪咲さんの姿は見えない。けれど、今日のことは夢ではないらしい。


 今日はずっと高鳴りっぱなしの胸を抑えた。


 なんだ。こんな、いいのか。こんな素晴らしいことが。


 舞い上がるような気持ちでホームへ降りながら、僕は胸の内で感謝を述べた。


 ありがとう、むちむちぷりん先生。


 ありがとう、本屋さん。


 これからも新刊を買わせていただきます。

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同じ本を取ろうとして美少女と指先が触れ合ったけど、その本はえっちなやつだし相手もクラスメイトで気まずい じゅうぜん @zyuuzenn11

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